23.06.16

岡井路子さんに聞く、
オリーブ、そして植物のある生活のすすめ。

岡井路子

ガーデニングカウンセラー
オリーブ研究家
おかい・みちこ|福岡県生まれ。講演やワークショップを通し、ガーデニングの楽しさを伝える。なかでもオリーブを愛し、世界各地をまわりながらオリーブについて研究。著書は『育てる・食べる・楽しむ まるごとわかるオリーブの本』(主婦の友社)、『オリーブの贈り物』(A&F)をはじめ多数。

オリーブは知るほどにわからない
だからこそおもしろい

 「スペインで初めてオリーブの木を見たとき、どうにか持って帰れないかと考えるほどにビビッときました。よく『なんでオリーブが好きなの?』と聞かれることがあるけれど、人間同士の一目惚れに理由はないですよね。好きなものは好き。ただそれだけで十分だと思うんです」
 そう話すのはワークショップの開催など、これまでもAIGLEと活動をともにしている岡井路子さん。オリーブ研究の第一人者であり、ガーデニングカウンセラーである彼女いわく、オリーブのおもしろさは“知れば知るほどわからない”ところにあるという。
 「スペインから帰国しても、当時の日本にはオリーブに関する情報がなく、オリーブの盆栽を育てている彫刻家の知人がイタリアから来日したので『たくさん実をならせたい』と相談したことがありました。そうしたら通訳を介したからか、『新芽が出たら全部切りなさい』と……今思えば間違ったことを教わってしまい、そこから3年間は絶対に実ることのないオリーブを育てていました。それくらいオリーブのことを知らなかったのです。
 そこでまずはオリーブと友達になりたいと思ったんです。貯金をしてはスペイン、ポルトガル、トルコ、イスラエル、小豆島……と原産地に行き、たくさんの人と会うように。そこでやっと、春に伸びた新芽に翌年実がなるということを知りました。それだけでなく、トルコのバザールではオリーブの漬け物屋のおじさんにいろいろなオリーブをひとつずつ食べさせてもらって品種を覚えたり、またあるときは街路樹のオリーブを採ろうとしたところ、現地の友人に『このあたりではオリーブは年に一度収穫して塩漬けにし、次の年のシーズンまでの一年分の食糧になる。ここにはオリーブとパンだけしか食べられない人がいて、彼らにとっては貴重なものだから、君は市場に行ってきちんと購入しなさい』と教えてもらったり。一度オリーブの営みがわかって腑に落ちたら、オリーブのおもしろさ、難しさ、そしてその木がある場所に暮らす人たちのことなど、せき止めた水が流れるように、いろいろなことを一気に吸収できた。オリーブと出会って約25年経ったけれど、少しは仲良くなれた、という感じかな。死ぬまでに親友になるのが目標なのだけれど、これはつまりそれくらいオリーブについてわからないことが残っているということ。というよりも、知れば知るほど私はまだ何も知らないと実感させられるんです。もっとオリーブについて知るためには、時間もお金も体力も必要で、そうして苦労して知り得た新しいことは、他にも知りたいと思っている人が必ずいるんです。私がこれまでにオリーブについての本を何冊か出版しているのも、情報を共有し、みんながなるべく間違った育て方をしないようにするため。ただ、それは取扱説明書のようなもので、一応の参考にはなるけれど、オリーブは品種や個体差、環境によっても性格はさまざま。それぞれの木と向き合ってみないと本当の意味での育て方はわかりません。でも、だからこそおもしろい。オリーブは工業製品ではなく、生き物ですからね」

岡井さんとともに訪れたのは、神奈川県のファームビレッジ湘南 中井オリーブ園。その広さは約75,000㎡に及ぶ。

オリーブ、そして自然と共生する

 では、岡井さんはオリーブとどう向き合っているのだろうか。
 「物心もついていない頃から父に言われていたことがあるんです。それは差別や区別という考え方は生きる上でまったく必要がないということ。対等じゃないと、どんな相手とも関係を築くことができません。オリーブに限らず、植物や自然も共生していると思うのが大切。人間関係と同じで、上手に諦めたり期待したりというコントロールが必要で す。そしてもし、枯らすなどの失敗をしてしまったなら、必ずそこにはそうなった理由がある。台風が来たからとか、急に気温が上がってしまったからとか、『なぜ?』をきちんと掘り下げたら答えは出ます。特にオリーブは、1 年に1 回しか収穫のチャンスがない。失敗して落胆していても、何もいいことはないんです。だからまた翌年のことを考え、やれることをやりながら準備する。そうすれば、自分の希望に近いところに行けます。ただ、共生するということは、ときにはなり行きに任せて無理に頑張らなくていいということでもあります。あまり気を張らず、オリーブと遊んでみてほしいですね」

岡井さんは普段からAIGLEのブーツを愛用。シーンに応じてさまざまなタイプを使い分けるという。「仕事で木に登ることもあるのですが、そういう場面でもAIGLEのブーツは動きやすく、安定感があるんです」

ルールはなし! オリーブとの自由な関わり方

 「春は新芽が美しい季節。実をつける花芽になるのか、葉芽になるのかも次第にひと目で見分けがつくようになるんです。オリーブの収穫は年に一度ですが、日々さまざまな発見があります。それに、オリーブは捨てるところがないので、一年中ずっと楽しめるんです。実は葉っぱに一番栄養があって、剪定した新芽はおいしく健康にもいいお茶に。ほかにも、枝から爪楊枝やリース、籠などをつくることができ、リースは葉が落ちたら鍋敷きになります。以前、オリーブの原産国でもリースや爪楊枝をつくったときは、斬新だったようで現地の人が感激してくれて、すっかり仲良しになりました。このようにコミュニケーションのきっかけにもなるんですよね。枝を切ったらかわいそうと考える人がいるのも事実ですが、そのまま枝を伸ばしたままにすると、陽が当たらない場所が増えて成長しづらかったりするんです。また、新芽であれば、必要な部分をきちんと切ることで、そこから枝分かれをして実がつきやすくなる。剪定が翌年の成長と収穫のお手伝いになります。オリーブが自分でできないことを手助けする、という感覚です。剪定をして枝を切ったら、最後まで捨てずに楽しむ。それが素敵な関わり方ですよね。よく私のワークショップでも爪楊枝づくりなどをやるんですが、つくり方に特に決まりはなくて、大人も子どもも関係なく好きにやってもらうんです。するとお子さんはとっても長いものをつくったり、いろいろなものが完成して楽しい。リースや爪楊枝に限らず、楽しみ方も自由です」

オリーブの枝は、硬い幹とは反対にとても柔らかい。

スペインで購入したという道具ポーチは20年以上の相棒。  

「あるがまま」を楽しむ、岡井さん流の家庭菜園

 オリーブをはじめ、ガーデニングの魅力を日々発信している岡井さんは、なぜ植物に興味を持ったのか。聞けば意外 にも「大人になるまでまったく植物に触れたことがなかった」という。
 「きっかけは息子の出産。子どもも私も助からないだろうと、先に葬式の準備までされてしまうほどの難産だったんです。結局無事に助かることができたのですが、それは忘れもしない5月19日。病室の窓を開けてもらったときに、5月の風とともに隣の園芸店からバラの花びらがバーッと舞い込んできました。それまでは本で『植物が私たちを癒してくれます』みたいな耳当たりのいい言葉を目にしても、ふーん、としか思わなかったのだけれど、そのときはふと涙が出て、植物という存在を初めて実感したんです。『私が放っておいたら息子は生きられないんだ』と当たり前のことに気づかされ、どこにも行けなくなる生活が始まったこともあり、もらった朝顔の種を蒔いてみることに。小学校一年生が宿題でやるようなことだったけれど、芽が出て、どんどん成長していく様子を見るのに夢中になりました。だんだんと珍しいものも育ててみたいと凝り出したら、たくさん育ちすぎちゃったりもして。『ご自由にお持ちください』と家の軒先に育てた植物を置いていたら、そのお礼でポストに大根が入っていたこともありました。そうやって知らない人との関わりまでできて、さらに楽しくなっていったんです。それでガーデニングスクールに行って学ぶようになりました」
 岡井さんは自宅で植物を育てることの楽しさについてこう続ける。
 「私は家庭菜園もおすすめしていますが、やはり自分で育てたものを食べられる喜びは大きいです。お店に売っていない成長途中のものや、育てないと得られないお花まで食べられるのも楽しいところ。すべて自分で育てないと体験できないことですよね。家庭菜園はスーパーで手に入るものでも始められます。たとえば春になると根つきの三つ葉が売っていたりしてね。それをそのまま植えると育ってくれるので、そのとき食べる分だけハサミで切ればいい。無駄もないし、切ったところからまた葉が出てきますよ」と気さくに教えてくれる岡井さんだが、ガーデニングを始めた頃はまた違った考えを持っていたとか。
 「若い頃は、魚を入れるような発泡スチロールの中で植物を育てているのを見ると、あまり素敵じゃないかもと思っていたんです。でも長年植物に向き合っていくと、そういった素朴なものでも、育てる人の想いがあればいいんだと思えるようになりました。あるがままが一番。肩肘張らず自分らしいというのが楽しいと思うのです」

岡井さんの仕事道具。「剪定ばさみは、使うたびにヤニがつくのでその場でいつもきれいにします。手入れをするとずっと使えるんです」

リースをつくり、中心にグラスを置いて飾ったり、葉がとれたら鍋敷きにしたり、楽しみ方はさまざま。

植物がもたらす、ささやかな幸せを感じて

 岡井さんが植物との向き合い方をアップデートしていく中で、特に印象に残っている出来事を教えてくれた。
 「2011年の東日本大震災のことでした。災害が発生してすぐ後の4月下旬から週末になるたびに被災地へ通っていたんです。理由は体育館のような施設に仮住まいをして、毎日カップ麺のような味気のない食事をしていた地元の方たちに、新鮮な野菜を食べてもらうため。アメリカのスーパーマーケットに売っているような使い捨ての赤いプラスチックカップと土と種、そして『これは私のものです』と目印をつけれられるよう、マスキングテープを持っていき、カップを鉢にしてみんなに野菜を育ててもらうことにしました。実際現地に行くと、そこは緑がまったくない茶色の世界。種を蒔いたときはまだ寒くてどうなるかと思ったのだけれど、春先だったからか、次の週末には芽がしっかりと出ていてね。さらに地元には農家の方が多いから育てるのがとても上手で、ちゃんと野菜が育ちました。茶色だった世界が少しずつ変わっていくのを目の当たりにして、純粋に感動したんです。
 その後ハーブの苗をとある企業からいただけたので、丈夫なローズマリーの植え替えをすることに。その準備を現地の運動場でしていたら、4人の警察官が声をかけてきました。彼らは津波の映像を報道で見て、いてもたってもいられず、志願をして鹿児島県から支援にやってきたと言っていました。『どこに泊まっているの?』と尋ねると、『仲間と男4人でワゴン車に寝泊まりしていて、車内は臭いんです』って。それでローズマリーを一緒に植え替えてあげたら『ああ、いい匂い。どうやって水をあげたらいいんですか?』と喜んでくれた。植物とまったく縁がなかったという彼らが、素直に植物の世界に興味を持ってくれたんです。その姿を見て、たったの一鉢であっても植物には人を動かす力があるのだと感じました。きれいなお庭もいいけれど、私がしたいのはその人に必要な一鉢を一緒に考えることなんだと改めて思いました。楽しむための植物は人間が生きていく上では必要不可欠ではないかもしれませんが、あるとなんだかいいなって思える。ささやかだけれど、生活の中にひとつ幸せなことが増えるんですよね。それを一度でも感じもらえるように活動していきたいですね」

「オリーブの原産地では年に一度収穫をし、漬物にして、次の1 年分の食糧をつくる習慣があります。日本人にとっての梅干しに近い存在ですよね」