23.07.12

「農学」のススメ
VOL.1 東京農業大学の「農学」のいま

自然とともにあり、その恵をいただくわたしたちの暮らし。
それを支える「農」のいまを、「農学」の最前線である東京農業大学の研究を通じてご紹介していきます。
ナビゲーターは自身も農に携わり、自然を愛するタレントの川瀬良子さん。
第一回は東京農業大学・江口文陽学長に、大学が掲げる「総合農学」についてお話をお伺いします。

暮らしのすべてを豊かにするために

  • ―東京農業大学が掲げている「総合農学」についてお聞かせください。

  • 「総合農学」とは、山頂から里山そして河川を通って海に至るまで、その生態系を含むすべての物事を学ぶことです。基本的に、農業・林業・畜産業・水産業などわたしたちの身近な物事は、“農学”の分野に入ります。生まれてから死ぬまでのすべての時間において、暮らしを楽に、快適にするだけでなく、豊かにするのが農学なのです。

  • ―「農学」というと、畑や田んぼのイメージしかありませんでしたが、幅広い学問なのですね。

  • はい、「すべてがつながっていて、地球そのものが農業を行うフィールドなんだ」という考え方がベースにあります。
    農業のための「水」を例に考えてみると、まず雨が降り地下層に浸透し、長い年月をかけて湧き水になります。湧き水が山から畑に届き、その恵みによって作物の芽が出て収穫物をいただくことができる。このようにすべてが関連しているわけですね。ですが、つながっているからこその課題もあります。例えば、作物をつくるために開墾した土が河川や海に影響を与えることで、環境に負荷をかけている可能性もゼロではありません。地球環境を脅かすことなく、どのように農業を行うのかが課題のひとつだと考えています。

「実学」の重要性。感覚が教えてくれること

  • ―東京農業大学はどのような大学ですか。

  • 北海道、東京、神奈川の3か所にキャンパスがあり、すべてのキャンパスが自然から学ぶ実学を実践する場所になっています。
    まず北海道・オホーツクキャンパス。北方圏農学科・海洋水産学科・食香粧化学科・自然資源経営学科の4学科があります。「農」というと作物をつくっているだけだと思われがちですが、さまざまな分野があるのです。
    オホーツク海を学びの場にしているのは、東京農業大学だけという点も特徴のひとつです。カムチャッカ半島から流れてくる流氷の中の微細藻類が豊かな海をつくるこの場所で、すばらしいオホーツクの恵みについて学ぶことができます。大自然と共存するということを感じてもらえる場所です。
    次に、東京の世田谷キャンパス。東京23区内という大都市圏にありながら、自然に触れたりフィールドに出たり、実際に肌で感じることができます。今後はさらに、段々畑や果樹を育てる場所、鳥が羽を休められるような森をキャンパス内につくりたいと考えています。関東圏の環境づくりを行い、東京農大だからこそできることを進めていきたいですね。
    三つめは神奈川・厚木キャンパスで、自然の中で都市近郊型の農業を学ぶことができる場所です。農学の一丁目一番地である「農学科」が主体となっており、畜産・動物科学科もあるので、農学を学ぶ初めの一歩としても最適なところです。
    そのほかにも、富士農場(静岡)、宮古亜熱帯農場(沖縄)、奥多摩演習林(東京)と全国に農場や演習林等を設けることで、学生のみなさんにはさまざまなことを吸収してもらっています。

  • ―全国に学びの場があるのは、大学が掲げている「実学主義」にもつながるのでしょうか。

  • 農学を学ぶ学生たちには、五感で感じられる感覚を大切にしてほしいと思っています。土や作物に触れ、そのときの植物や土の温度、そこに生息する生き物を感じてもらう。机上で知識を習得するのも大事なことですが、行間を読んだり、状況を描写したりするのは、自分で土や作物に触れないとわからないことです。教科書に書いていないことを植物が教えてくれることもありますからね。

  • ―先生が植物に教えてもらったことを、具体的に教えていただけますか。

  • 例えば、植物の強さとは根の張りだということを教えてもらいましたね。なぜ稲は首部が垂れるのに倒伏しないのか、と不思議に思い根を洗ってみたら、根が張っていることに気づきました。そのときに、植物の強さについて理解できたのです。

  • ―先生は「きのこ博士」としても有名ですが、山にも行かれるのですか。

  • オホーツクキャンパスの周りの森を、毎月のように散策しています。1時間半ほど歩いて、カゴいっぱいにきのこを採ったりしています。オホーツクキャンパスには、毒きのこの「ベニテングダケ」が生えていたり、薬になったりするような品種もたくさんあるんですよ。

多くの子どもたちに、土の香りやぬくもりを

  • ―子どもの頃から自然がお好きだったのですか。

  • はい。自然が好きで、学校から帰るとそのまま日没まで外で遊んで帰らなかったほどです。基地づくりをしたり、友人と一緒に木を切って川に橋をつくったりしていましたよ。

  • ―幼少期から自然と触れ合ってきた中で、いま、環境の変化を感じることはありますか?

  • 都市部では土で遊ぶ子どもたちの姿を見かけることが少なくなりましたね。都市になればなるほど、土がない。公園でもぬかるみができないようになっているなど、露出している土がなくなってきています。
    土のぬくもりや、砂をかじってガリッとなる感覚が、いまの子どもたちには少ないのではないかと感じます。靴に入った土やわずかな小石の感覚を経験したことがない学生も多いんですよ。「土の中で遊んでいる」という感覚に乏しい。世田谷キャンパスの学生たちは都心生まれの方が多いからかもしれませんが、土を知っているわたしたちからすると、さみしさもありますよね。土の感覚も土の香りも知らないのか、と。
    自宅でできる方法もあります。例えば、ベランダの小さなプランターでも、土があれば自然を身近に感じることができます。家庭菜園で自然の移り変わりを感じることも大切だな、と思います。

  • ―確かに東京は土がないので靴が汚れないですね。わたしは、靴が汚れないので日々歩いていても頑張っている実感が持てませんでした。それで、上京して10年ほど経った頃に土に触れる機会を持ちたくて、稲作を手伝うことにしました。農作業で全身泥だらけになったときに、子どもの頃の感覚が蘇ってきたことから、ますます農作業に魅了されました。
    土に触れるというのは、大切なことなのでしょうか。

  • わたしたちの農の根源である土に触れ、その感覚を知るということはとても大切ですね。土の違いを知っているのも大事。砂と土も全く違いますし、砂浜は場所によって色も異なります。自然の鉱物なのに、なぜこんなに個性があるのか。田んぼと畑の土はなぜ同じではないのか。「なぜ」と思うこと、そして実際に触れることで、どのような土かを知ることが重要だと思います。手の指紋の間に残った土のにおいを感じることも大事ですね。

人々を笑顔に。そして文化の継承・振興を目指して

  • ―「日本の農業」についてお伺いしたいと思います。先生が大切だと思われていることや、農のこれからについてお聞かせください。

  • いろいろな考え方があると思いますが、最初に土づくり、培地づくりをするのが農業です。基本は土づくりにあります。いい土をつくることによっていい作物ができ、単位面積当たりの収穫量も増やすことができます。いいものをつくれば、高く評価されます。そのようにして、みんなの笑顔につながるような農業にしていきたいですね。
    あとは、作り手がプライドと自信を持っていることが重要だと思います。

  • ―農から食につながる取り組みもされていると伺いました。

  • 「東京農大ガストロノミー」ですね。ガストロノミーとは、食と文化のつながりを考察することです。
    地球、自然、農林水産からの恵みをいただく「農」の産物である食材がどのようにそれぞれの地域、あるいは家庭の文化となってゆくのか、その歴史や習慣をひも解き、つなげていきたい。食の記憶は本能的です。人の記憶に残る地域ごとの食の文化・伝統を継承していきたいです。

  • ―これから、さまざまな形でAIGLEとコラボレーションを行っていくそうですね。AIGLEについてもお聞かせください。実際にAIGLEのアイテムを着用してみていかがですか。

  • AIGLEのアイテムは、「服」という言葉だけに収まらず、身に纏うひとつの文化だと思います。武将が着ていた鎧のように、着用者の個性を演出するものです。着たときに、働く元気をもらえるような服。AIGLEの服やラバーブーツは、そのようなアイテムのひとつだと感じています。
    ポケットが大きいなど機能性もあり、動きやすく働きやすい。フィールドでの作業着にはもちろんですが、スタイリッシュで都市空間にも合うので学生がキャンパスで普段着として着用するのもよさそうですよね。

  • ―今後、AIGLEと行ってみたい取り組みなどはありますか?

  • AIGLEは農にルーツを持ち、自然のさまざまなフィールドでの活動も広く支援されています。
    例えば、AIGLE×学生×川瀬さん、農に造詣が深いわたしたちで意見を出し合い、なにか形にできたらと思っています。それが、学生の学びにもなります。自分たちのつくったものが、一次産業の振興・活性化にもつながるわけですね。キャンパスからスタートして、それが日本全国の農業に携わる方、家庭菜園を楽しむ方へ……。AIGLEと東京農業大学の取り組みが少しでも、産業振興や活性化のお手伝いができたら素敵ですね!

東京農業大学 江口文陽(えぐち・ふみお)学長プロフィール

東京農業大学教授。
元・日本きのこ学会会長、東京農業大学大学院博士後期課程修了、博士(林学)、日本学術振興会特別研究員、高崎健康福祉大学教授を経て現職。「きのこ博士」としてマスコミでも幅広く活躍。

川瀬良子(かわせ・りょうこ)さんプロフィール

タレント、モデル。
数々のテレビ番組のレポーターを務め、現在はラジオパーソナリティとして、TFM「あぐりずむ」などで活躍中。趣味はベランダ菜園、お米と野菜づくりなど。地域復興活動として、野菜がつなげる大切な「縁」をカタチにする活動も行っている。

東京農業大学とのコラボレーションによる農学コンテンツ 「『農学』のススメ」 VOL.2は9月上旬をめどに更新予定です。
お楽しみに!