23.09.04

「農学」のススメ
VOL.2 佐渡のトキ保全の取り組みと、
東京農業大学の実習について

自然とともにあり、その恵をいただくわたしたちの暮らし。
それを支える「農」のいまを、「農学」の最前線である東京農業大学の研究を通じてご紹介していきます。
ナビゲーターは自身も農に携わり、自然を愛するタレントの川瀬良子さん。
第2回は東京農業大学 国際食料情報学部 食料環境経済学科の田中裕人教授とともに、トキの野生復帰のため環境保全型農業に取り組む佐渡を巡ります。
佐渡では、東京農業大学の学生が農業実習を実施しており、その「実学」の実践の場もご案内いただきました。

ナビゲーター・川瀬良子さん 斎藤農園・斎藤真一郎さん 東京農業大学・田中裕人教授

自然の風景に見出す価値について

  • ―まず田中先生の研究について教えて下さい。

  • 環境経済評価について研究しています。例えば、今眼にしているこの景観など、農業が営まれることで生み出される環境の経済価値はどの程度の金額になるかということです。綺麗な棚田があっても、私たちはその風景のために農家さんにお金を払ったりはしませんが、実際にはその景色には価値があり、金額的な価値も生じているはずです。佐渡の取り組みでいうと、「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度があり、その認証米は農薬や化学肥料を減らすなどの「生きものを育む農法」で栽培されています。そのため、田んぼはお米をつくるだけの場所ではなく、様々な生きものが生息できるような場所でもあることを改めて我々に伝えてくれています。このように農業の多面的機能、自然環境に対して農業の持つ役割、と言うことを広く知っていただきたいです。



  • ―美しい景色があるのは農家さんがいるからこそなんですね。
    東京農業大学と佐渡島のみなさんの交流のきっかけはなんですか?

  • 2007年に学生が佐渡のことを題材にした卒業論文を書いたことをきっかけに、その翌年、ちょうどトキの放鳥のあった年から学生の農業実習受け入れをお願いし現在に至ります。佐渡という素晴らしいフィールドで教えていただいていることに感謝しています。

「実学」の実践、農業実習

  • 東京農業大学は、これからの日本の地域・食の未来を担う人材を育てるべく、農学だけではなく、食、環境など広義でとらえた「農」にまつわる学科で学ぶ学生が多くいます。田中教授が所属されている食料環境経済学科では、2年生の必修科目として、「実学」の実践のため農業実習に参加します。
    農家さんの元で農作業を行い、また経営・経済的な学びを得、体験することが目的です。

  • ご自身も東京農大出身で、現在合鴨農法で稲作を行っている農家・高島さんのところで、鴨の柵を作る作業を行ったという学生の平川さんは、この実習が魅力で東京農大に入学したといいます。

  • 東京農業大学オホーツクキャンパス生物産業学部で学んだ山田さんは、果樹と稲作を営んでいます。
    北海道で学生時代に大規模農業を見たからこそ、佐渡に戻って、自分の手の届く範囲で、トキを守りながら続ける農業にやりがいを感じているといいます。
    山田さんの元で実習を受ける学生・稲村さんは、想像していたより楽しい作業が多かったといいます。実際の作業を通じて、農の学びが先輩から後輩へ受け継がれていくのでしょう。

  • 佐渡ならではの作業として、お米農家・林さんの元実習を行う学生たちは「江堀り」を行っていました。
    田んぼから水を抜く「中干し」の期間にも生態系が守られるよう、田んぼの周りに「江」と呼ばれる堀を作り、そこに棲む生きものたちが生息するための水辺を確保するための作業です。
    佐渡の自然との共生をめざす農法を実際に仲間たちと楽しみながら実践するなかで農への理解を深めるだけではなく、また佐渡に来たいとの思いを高め、地域との関係が深まるそうです。

「朱鷺と暮らす郷」をめざして

  • 佐渡で24年間米農家を続け、2001年に仲間6人と「佐渡トキの田んぼを守る会」を結成しその取り組みを続けてきた斎藤農園の斎藤さんに話を聞きました。

  • 「農家を始めた当初、野生のトキはおらず、私は田んぼにトキがいる姿を見たことはありませんでした。「もう一度佐渡で、夕日に飛ぶトキの姿が見たい」という思いから、トキや自然環境のために2013年から「生きものを育む農法」へ変えました。
    その頃は農薬とか化学肥料を使う農業が主流であり、周囲にも戸惑いはありました。それでも、今までとは異なる“生きものを主体にする農業”をやってみよう、と。トキは田んぼにいるドジョウ、カエル、クモなどを食べます。農薬使用を前提とする農法によってそれらのエサとなる生きものが田んぼからいなくなったことでトキも姿を消したのだとしたら、それは農業がトキを絶滅に追い込んだともいえます。だからこそ、農業での取り組みからトキを復活させたいという思いが強かったのです。」

    当時は、台風の影響などもあり佐渡米の収穫量が大幅に落ち込んでいた時期だったそうです。その結果、地域農家と佐渡市、JA佐渡の想いが一つとなり、稲作の復興とトキの野生復帰事業が結びつき、「生きものを育む農法」という新たな取り組みにつながったそうです。

    「生きものを育む農法」とは、農薬や化学肥料を削減するだけでなく、水田とその周囲に生きもののための生息環境を作り出す農法です。
    「江」(水辺)をつくったり、作付けしていない田んぼにも水を張り、生きもの豊かな生育環境を作るなどの取り組みを行います。その中で、自然を育む「土」が大きく変わっていったと斎藤さんは語ります。

    「自然栽培にしてから、土が変わっていったのを実感しています。微生物が多くいて、養分がある。様々な菌がバランスよく状態を保っているのが良い土だと思います。
    自然栽培で育てていて5年目位で変化を実感して、10年経った時に“本当の土の力”を感じました。何もしなくて、そのままでいいんだと。
    農法を変えてから、社会や環境にも力を施したいと思うようになりました。同じ農法をやっている佐渡の仲間、人のつながりが有機的に生まれ、トキと共生しながらどう命をつないでいくのか、と島全体で考えるようになりました。また、野生化したトキの個体数が増えることで自分たちでやってきた成果も実感しています。」

    今現在、推定540羽の野生のトキが佐渡島には生息しているといいます。
    田中教授は、斎藤さんとの関わりと自身の研究を通じて、私たち消費者にもできることを伝えてくれました。

    「農業の在り方が変わったことでまたこの地にトキが生息するようになりました。ですが、齋藤さんたちがトキの為に環境保全型の農業をしていても、そのことに対しての対価は発生しません。環境も守りながら農業を営む農家の方になにか還元できるような仕組みがあればとも思います。私たち消費者にできることは、多少金額が高くても、このような想いを込めて作られた認証米などを選んで購入し、消費することです。それが生産者とそこに暮らす生きものを守ることにつながります。」

  • 価格で選ぶのではなく、その商品の背景にあるものを知り、意思をもって選ぶこと。日々の生活でわたしたちにもできる支援があると知りました。

川瀬良子さん プロフィール

タレント、モデル。
数々のテレビ番組のレポーターを務め、現在はラジオパーソナリティとして、TFM&JFN「あぐりずむ」などで活躍中。趣味はベランダ菜園、お米と野菜づくりなど。地域復興活動として、野菜がつなげる大切な「縁」をカタチにする活動も行っている。

田中裕人教授 プロフィール

東京農業大学教授。
京都大学大学院博士後期課程修了、博士(農学)。専門は農業経済学、環境経済学。農業・農村の多面的機能の経済評価を研究テーマとしている。離島の振興に関心を持っている。

斎藤真一郎さん プロフィール

有限会社 齋藤農園 代表取締役
水稲、柿、りんご、ネクタリン、桃、ぶどう、いちごなど50ha栽培し トキとの共生を軸に持続可能な農業生産を目指す。