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23.10.16

エーグル、自然と時間が生み出す
蒸留酒造りに魅せられて。

1853年フランスで生まれたエーグルは、創業当時から天然ゴム製のラバーブーツをハンドメイドで作り続け、自然に寄りそいながら独自のクラフトマンシップを育み、農家たちに愛されてきた。土で繋がるさまざまな自然のフィールドでの活動をサポートしてきたエーグルは、街と自然を繋ぎ寄りそう暮らしを提案し、近年はより一層環境へ配慮した製品作りを実践している。

今回訪ねたのは千葉県夷隅郡大多喜町にある蒸留所、mitosaya薬草園蒸留所。この場所はもともと1980年代に県立の薬草園として設立されたが、来園者数の減少により2015年に閉園。偶然ネットで跡地利用の物件を見つけた江口宏志さんがここで念願の蒸留所を開こうと決めたのは18年のことだ。

10年後を想像しながら育てる庭と酒。

広大な敷地に500種類もの植物が群生する。mitosayaという屋号はふたりの娘の名前「美糸(みと)と紗也(さや)」から。「実と莢」にも重なる。

江口さんはかつて東京で、個性的な本をセレクトするブックショップ、ユトレヒトに10年以上関わり、カルチャー発進基地としての活動を行っていた。そんな江口さんはある日東京での生活に見切りをつけ、蒸留家を志す。「特に蒸留家でなくてもよかったのですが、とにかく自然を相手に技術を身につけて、自分の手で何かを作りたかったんです」と穏やかな口調で話してくれた。本屋を辞めると、敬愛するドイツ人醸造家の元へ弟子入りすべく家族でドイツに短期間滞在した。「そこでは作ることと生活することが同じ場所で営まれていて、美意識に支えられたライフスタイルがあった。僕もこんなふうに生きてみたいと思いました」。原料となる果樹の収穫、醸造、蒸留、製品に仕上げるまでをひと通り経験し、半年後に帰国して探し当てたのがこの薬草園だった。

敷地内には薬草園時代からの温室もあり、オープンデーなどイベント時に利用することも。

「最初はね、本当にひどい状態でした。雑草なのか薬草なのかジャングルなのか……草の海のようだったのを少しずつ整備していきました」と話すのはパートナーの山本祐布子さん。イラストレーターでもある祐布子さんは、夫の転身を全面的にサポート。江口さんが蒸留所の設備づくりや役所への申請に奔走しているあいだ、伸び放題だった薬草園を少しずつ整えていった。16,000㎡あるという園を案内してくれた祐布子さんは敷地の一角にある堆肥の山やコンポストを見せてくれた。「ここに抜いた雑草や、蒸留後に残った大量の残滓を集めています。完全に土になるまでには時間がかかりますが、すごくいい土ができるんです」。残滓とは発酵し切ったもろみのことで、酵素がたっぷり含まれている。「これを使ってもろみソースなどを作っていますが、とても使いきれないので、近隣の牧場へ牛の餌として届けたりしています」

毎日大量に出る雑草や枯れ草は1カ所に集めて草堆肥に。愛犬のムギは敷地をパトロール中。

祐布子さんが作業で愛用しているエーグルのラバーブーツ。雨で土がぬかるんでいる日や、虫対策にも欠かせない。

薬草園時代の建物をリノベーションした蒸留所に入ると、正面には銅製の蒸留機が鈍い輝きを放っていた。「知り合いのビール会社の倉庫に眠っていたものを譲ってもらいました。40年くらい前のドイツ製の機械です」と江口さんは愛おしそうに眺める。続いて隣の部屋へ移動し、発酵中のタンクを見せてもらう。梨を発酵中だというタンクの蓋を開けるとふわっと甘い香りが鼻腔を刺激する。ぷくぷくとした気泡が表面を覆い、発酵が確実に進んでいるのがわかる。「季節に応じてリンゴやイチジク、桃、さくらんぼなどを全国の農家さんから分けてもらっています」。最近では自分たちの畑で大麦や小麦、ライ麦を育てており、将来的にはウイスキーにも挑戦したいと江口さん。

質実剛健な佇まいの蒸留機。発酵が終わったもろみを投入し、熱を加えて発生する蒸気を冷却したものが酒になる。

その時々で手に入る素材を使ってリキュールやジン、グラッパ、オー・ド・ビーなどさまざまな蒸留酒を生み出しているが、定番商品は特に決めていないという。「梨やイチジク、梅、キンモクセイは最近コンスタントに使っていますが、毎回同じものはできないんです」。酒造に適した果物は生食用の食べ頃とは異なり、熟し切ったイチジクだったり、干し芋の端の部分だったりと糖度の高いものを使う。「だからといってロスを使おうとかB級品を安く仕入れようという気はなくて。蒸留酒にいちばん適した果物を、生産者さんとのお付き合いの中でタイミングを見ながら仕入れています。それが結果的にロスを有効利用することになれば、お互いがいい関係になれる」

蒸留したアルコールをフラスコ型のガラス容器に入れて熟成させる。

今年は商品をリリースして5年目を迎える。美しい瓶やアーティスティックなラベルを纏った蒸留酒を楽しみにしているファンも多い。現在は金曜日にボランティアを募集して草刈りや収穫などを行っている。「庭を開放したことで、お酒が飲めない人、農業に興味のある若者、年配の方、近所の福祉施設の人など交流の輪が広がりました。自然の中でおしゃべりしながら雑草を抜いてお弁当を食べたりしていると仲間意識が生まれるんです」と祐布子さん。500種類はあるという敷地内の植物については、この先何年もかけて学んでいくつもりだと言う。「先日老木を抜こうとしたら、根っこからすごくいい香りがして。調べたらテンダイウヤクという漢方に使われる薬草で、早速『ルートルート』っていう名前のお酒を造りました」と江口さん。

温室に設置したバーカウンターで、出来たてのリキュールを試飲するふたり。

左から、蒸留後に残ったプラムのもろみに塩や麹、バルサミコ酢などをブレンドして造った「PLUM MOROMI & KOJI SAUCE」¥1,296 、アールグレイにミントと萩の葉をブレンドした「BLUESTAR BOTANICAL BLEND TEA[2023 Summer]」¥1,620、千葉県いすみ市産の梨・豊水を吉野杉の木桶で仕込み、オーク樽で熟成させたオー・ド・ビー「ISUMI HOSUI PEAR」¥9,680(500ml)、ルビーレッドの色が美しいリキュール「BITTER BETTER」¥7,260(500ml)。お茶ともろみソースは祐布子さんの手によるもの。

多種多様な草木や花々が群生し、背後の森がそれらを取り囲むmitosayaはさながら秘密の花園のようで、ゆっくりとした時間が流れていた。「モノ作りのための場所や技術を持っていると、人との接点が増えますよね。何を作るかではなく、この場所で何ができるかということをいつも考えています」。そう話す江口さんの横で、祐布子さんは続ける。「庭が理想の姿になるまでに10年以上はかかると思います。未来のことを考えると、もっと若い人に来てもらいたいですね」。自然とともにあるふたりの暮らし方は、人間もまた自然の一部なのだと気付かせてくれる。「蒸留酒は時間によって育まれるのが最大の魅力。時が経てば経つほどおいしくなる。10年後を思い描きながらいま、一生懸命に手を動かすこと。老後が楽しみです」。そう笑いながらふたりはそれぞれの場所へと向かった。

蒸留所や薬草園のスタッフもエーグルのラバーブーツを愛用中。長年使い込んだものから新しく入手したものまで、玄関の前で仲良く勢揃い。

EVENT
「植物と土と蒸留をめぐるスペシャルランチ。」

開催日:2023/11/11(土)
場所:mitosaya薬草園蒸留所(千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486)
概要:
記事で紹介したmitosaya薬草園蒸留所にて、薬草園の散策や蒸留所の見学、苗植え体験ができるランチイベントを開催します。千葉県外房の一軒家レストラン、donner(ドネ)のシェフによる料理に、mitosayaの提案するペアリングドリンクを合わせて、特別なひと時を過ごしませんか? ドリンクはアルコール、ノンアルコールをお選びいただけます。
イベントの詳細や応募方法は、下記リンクボタン「イベント応募ページへ」よりアクセスのうえご確認ください。