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23.10.31

エーグルが毎日のユニフォーム。
俳優・小林涼子がつくり出す、持続可能な農業の形。

都市農業、障がい者支援、ファーム・トゥ・テーブル(FARM to TABLE)、アクアポニックス栽培…。俳優の小林涼子さんが経営する「アグリコファーム(AGRIKO FARM)」は、あらゆる観点から現代にフィットした農業を展開しています。小林さんと彼女の事業をサポートしているのが、ラバーブーツで有名なあの〈エーグル(AIGLE)〉なのだそう。今回は〈エチュード(Études)〉の面々が手掛ける〈エーグル〉の最新コレクションを小林さんに着用してもらいシューティングを敢行。あわせて、「なぜ小林さんが農業をはじめることになったのか」じっくり話を訊きました。

小林涼子

俳優、「株式会社AGRIKO」代表取締役。10クール連続で地上波のTVドラマに出演し話題を集める。直近の主な出演作は映画『わたしの幸せな結婚』、TBS系ドラマ『王様に捧ぐ薬指』、テレビ朝日系ドラマ『ハヤブサ消防団』など。2022年12月から配信され、合計再生数が3億回を超えたことで話題のBUMP配信ドラマ『今日も浮つく、あなたは燃える。』で主演を務めた。今年10月スタートのドラマ『18歳、新妻、不倫します。』(関東:テレビ朝日、毎週土曜26:30~/関西:ABCテレビ、毎週日曜23:55~)に出演中。俳優業の傍ら、家族の体調不良をきっかけに「株式会社AGRIKO」を設立。農林水産省「農福連携技術支援者」の認定を得て、自然環境とひとに優しい循環型農福連携ファーム「AGRIKO FARM」を運営。 Instagram:@ryoko_kobayashi_ryoko @agrikofarm
株式会社AGRIKO オフィシャルサイト

改めて、“AGRIKO FARM” を紐解く。

  • ―今日は桜新町と白金、2ヵ所の「アグリコファーム」を巡りながら撮影を行いました。水耕栽培の仕組みや生産物を説明されている時はまさに経営者の顔でしたが、シューティングの時には俳優の顔も自然と出てきますよね。ご自身の中では、2つの側面を使い分けている、という意識なのでしょうか?

  • 小林:いままでは自分の中で俳優と経営者で人格を分けていた部分がありましたが、ここのところ同化してきました。いまはこういうお仕事でもマネージャーさんが一緒に動いてくれるようになったこともあり、どちらの時も同じ私だなって。俳優だからといって代表取締役の自分がいなくなることはないし、逆もまた然りなんです。

  • ―何かきっかけになることがあったのでしょうか?

  • 小林:今年の夏に2つ目の農園(白金)をオープンさせ、会社として3期目を迎えたタイミングで、事業をやっている自分が当たり前のものになりました。〈エーグル〉さん的にいうと、まさに「土に寄りそう生活」。土日も含めて毎日の中に必ず農が織り込まれています。

  • ―小林さんの過去のインタビューを読むと、かつて「いい服を着ていい家に住みたいという時期もあった」と発言されています。つまり、俳優としてもっと売れて露出を増やしたい、という意味だと思うのですが、裏方のイメージも強い農業に乗り出すという決断はなかなか思い切ったものではなかったですか?

  • 小林:うーん、思い切ったつもりはなくて…9年前に農業をはじめた時は、農業に対してリフレッシュとかリラックスみたいなイメージを抱いていました。しかし、農業は本当は毎日が自然との戦いで、そこで働いているひとたちは年齢に関係なくめちゃくちゃエネルギッシュ。その姿を見て私は単純にかっこいいなと。確かに華やかなのは収穫の日くらいで、毎日の作業は地味かもしれませんが、裏方という印象はありませんでした。

  • ―新潟にあるお父様の友人の田んぼを手伝ったことがきっかけで、農業に興味を持たれたそうですね。

  • 小林:そうです。高齢化が進む棚田のエリアにお手伝いに行って、そこで食べたお米の味が忘れられなかった。この美味しさを失くしたくない、できるだけ長く持続させたいという思いから、持続可能なバリアフリーな農業を目指して起業しました。そういえばこの前、そのお家の中にある囲炉裏でバーベキューをしたんですが、お米が美味しすぎてお肉より焼きおにぎりが進んじゃったんですよ(笑)。

  • ―そこは限界集落のようなところなんですか?

  • 小林:かつては限界集落でしたが、他の街と吸収合併されました。

  • ―新潟の農地を買い取ってそこで農業をはじめるのではなく、障がい者支援や6次産業(農林漁業、製造業、小売業を統合する試み)を組み込んだ現在のビジネスを展開されていく過程には、どんな背景があったのでしょうか?

  • 小林:新潟へ農繁期に通っていましたが、ある時家族が体調不良になってしまって棚田に行けなくなってしまいました。そこで、高齢者や障がい者でも続けていける仕組みをつくらないといけないと痛感しました。それには、私以外に仲間をつくること、さらにメディアを通じて多くのひとたちに興味を持ってもらうことも必要なんですよね。私ひとりが農業をはじめたとしても、持続可能にはならないと思ったのです。

  • ―農業を継続させることはそんな単純な話ではないと。

  • 小林:そうです。いまならドローンなどのテクノロジーを使えば農作業がスムーズになるという話もあります。家族も一応資格は持っていますし、もちろん便利にもなりますが、農機具やテクノロジーを駆使したとしてもすべて網羅できないので、それを補うために結局は人手が必要。あるいは、レンタル畑をするにしても私が常に関わってコントロールしてないと、借りたひとがある日突然辞めてしまったら土地が荒れてしまうじゃないですか。つまり、きちっとしたメンバーと計画的にやらなくてはいけない。「今日だけ楽しい収穫祭に行く」みたいな話とはわけが違うので、会社として持続できる仕組みをつくる必要がありました。まずは自分が生まれ育った世田谷で、自分が管理できる範囲内ではじめてみようと。

  • ―「アグリコファーム」では、水産養殖と水耕栽培を組み合わせたアクアポニックス(養殖魚の排泄物をバクテリアが植物の栄養素に分解。さらに植物によって浄化された水が再び魚の水槽へと戻るという循環)を採用しています。改めて、現在ファームで生産されているものを教えていただけますか?

  • 小林:ハーブ類と葉物が合わせて随時8種類程と、収穫体験とかポップアップで使用するための実になる野菜も数種類。お魚も養殖しています。

  • ―過去にハーブからシロップをつくられていましたが、今後はそういった商品開発にも力を入れていく予定ですか?

  • 小林:そうですね。都市農業だとやはり生産数が少ないので、その中で多くのひとたちに農業の魅力を伝えるために、6次産業化は必須だと考えています。例えば、ハーブ単体だとなかなか伝わらなかったとしても、シロップにすることで手に取ってくれるひとが増える。シロップは実はレモンサワーにすると美味しくて。また、今年10月に「立教大学」で開催されたスイーツフェスティバル(ufu.フェス2023「スイーツに溺れたい。」)では、「ティルプス(TIRPSE)」の高橋初姫さん(世界最速でミシュランの一ツ星を獲得したレストランで腕を振るったパティシエ)とコラボしてレモンバーベナ香る金時芋のモンブランをつくりました。美味しく食べることを通して、農業の魅力を伝えることに重点を置いた活動を続けていこうと思っています。

  • ―「アグリコ」では主に主婦と障がい者の方々がスタッフとして働かれています。また、「アグリコファーム」では、農園で収穫された野菜や魚をビル内のレストランで提供する「ビル産ビル消」を実践していますが、このようなやり方については、ロールモデルとなるような会社があったのでしょうか?

  • 小林:特にそういったものはありません。都市の農地は借りるハードルがものすごく高いので、いろいろと候補を当たっていた時に「OGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町」さんとご縁があり、ビルの屋上を貸していただけることになりました。もともとアグリカルチャー(農業)を継いでいく子供になります! と宣言の気持ちを込めて会社の名前も「アグリコ」にしたので、「アグリコファーム」を起点にこの街の食や農を豊かにしたいなと。自分たちだけで完結するのではなく、街のひとにも農業に興味を持ってもらえるように「OGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町」さんにもご協力いただいて「ビル産ビル消」をはじめました。

主役は、ポケットの同色異素材切り替えが洗練された印象を与えるフリースジャケット。街中で着ても何ら違和感はないが、農園での作業にも適した機能を備え、さらにリサイクル素材を使用。現代の重要なテーマのひとつである「循環」を体現したような服だ。〈エーグル〉ブルゾン ¥30,800、スカート ¥19,800、帽子 ¥9,900、ロングブーツ ¥31,900(すべてエーグル カスタマーサービス)、その他 スタイリスト私物

  • ―「アグリコファーム」ではSDGs17項目にフルコミットしていることでも有名ですが、SDGsに対する個人的な思いはあったのでしょうか?

  • 小林:それも最初から17項目フルコミットを目標にしていたわけじゃないんです。農業をはじめた時に自分自身が疲れていたし、家族も健康を崩してしまった。そこで自ずと体調のことや経済的なことも含めて「持続可能性」が人生の大きなテーマになりました。具体的に持続可能なやり方を考えていく中で、SDGsの17項目は大切で結果としてフルコミットになった、という感じです。

農業と俳優業の両立で生まれた循環。

  • ―当時、小林さんは何に一番疲れていたんですか?

  • 小林:何かという明確な理由ではなかったのですが、20代って他人と自分を比べがちで、いろいろと悩みが多いじゃないですか。私も学生時代から俳優業を続けていく中でキャリアに対する悩みや、自分だけが取り残されている感覚がありました。

  • ―とはいえ、例えば『魔王』でヒロインを務められた頃は「これで私もいける!」という手応えもあったんじゃないですか?

  • 小林:実はあれは18歳の時なんです。10代は芸能の学校に通っていて、高校生活らしい思い出も特になく仕事中心に駆け抜けました。その後、20代に入って「さあ、やったる!」と思っても、なぜか仕事が上手くいかない。シビアな時期でしたね。社会人として宙ぶらりんな状態になってしまったんです。

  • ―アイデンティティの喪失みたいなものでしょうか?

  • 小林:うーん、というよりも、シンプルに不安だったのだと思います。頑張りたいんだけど、何を頑張ったらいいのか分からない。役者は縁と運と巡り合わせで役をいただくので。もちろん、現場でやれることは精一杯やるんですが、具体的な数字や順位が出るものでもないですし。

  • ―農業の仕事から何か俳優業に還元されるものってありますか?

  • 小林:スペシャリストが集まって各々の役割を発揮してつくり上げていくという点で農業と俳優業は共通しています。できないことがあっても誰かがフォローしてくれる環境が私には合っているのかなって両立していく中で気づきました。俳優一本で活動している時は、現場に入る前にたくさん勉強して、どれだけやれるか勝負! と、いま思えば力が入りすぎていて…「NGなんて出したくない!」みたいな! でも、よく考えればチームなんだから勝負ではなく、一緒につくる「協力」なんです。農業をはじめてから、いい意味で力が抜けてひとに相談やお願いができるようになりました。いま会社では「できない、ごめんなさい」って謝ってばかり(笑)。ダメな自分も受け入れて、分からないところは教えてもらったり…私はチームプレイが好きなんだと改めて感じています。

  • ―俳優一本でやられていた頃は完璧主義者だったんですか?

  • 小林:そうですね。できない時はできるまで突き詰めたいタイプ。韓国に行って言語の壁があってダメだった時は、短期間で韓国語を覚えて向こうの事務所にビデオを送ってCMの契約を取ってくる。ある監督の作品のオーディションに落ちた時は、絶対次も挑戦して起用してもらう。そういうことに心を燃やすタイプでした。

夏以外のシーズンで活躍する撥水仕様のキルティングジャケットとコットンのフレアパンツは、カラーで農を感じさせながらも、すっきりしたシルエットは都会的。〈エーグル〉ブルゾン ¥27,500、パンツ ¥26,400、ショートブーツ ¥20,900、サンダル ¥11,000(すべてエーグル カスタマーサービス)、その他 スタイリスト私物

  • ―2019年には、震災後の孤立や孤独死をテーマにした宮城県豊里町の映画プロジェクト『ひとりじゃない』にも参加されていました。

  • 小林:何か私にできることはないかなと。あの映画は震災の復興支援を目的とした作品で、地域の方々が多く参加しています。車両部は地域のおじいちゃんだし、スタッフがごはんを食べる場所は公民館。震災で人間関係がバラバラになってしまったところに、みんなで映画をつくって盛り上げましょうと。その作品がドイツで賞を取ったり、LAとロシアで映画祭に招待されたので、関係者に「行っておいでよ!」と背中を押されて、私もシベリア鉄道に乗ってレッドカーペットを歩いてきました。その思い出も含めて、かけがえのない作品でしたね。

  • ―先程チームプレイが好きという話が出ましたが、小林さんが一緒に働きたいと思うひとの共通点は何か思いつきますか?

  • 小林:えー、なんだろう…そうだな、物事に愛を持って真剣に向き合っているひとが多いかもしれませんね。(エーグルのマーケティングマネージャー)中垣さんもそうですけど、〈エーグル〉さんのスタッフやお客さまもブランド自体も好きだし、〈エーグル〉さんを通して見る社会や農も好きっていうひとが多い。「アグリコ」に限って言えば、スタッフみんなで同じ方向を見れている感じがいいなと思っています。

エーグルはちゃんと土の匂いがするから信頼できる。

  • ―小林さんと中垣さんは「阪急うめだ」の催事の際に共通の友人を通して知り合ったと聞きました。その後、小林さんが「エーグル 原宿店」で開催されたポップアップイベントでウィンドウと内装とノベルティを担当することになったんですよね。

  • 小林:「阪急うめだ」で催事をしている時に中垣さんがワークショップに来てくださって、その後、桜新町で私が農業に楽しそうに携わっているのを見て、「近い理念を持つ仲間として、一緒に何かできないか」と提案してくださったんです。普通ポップアップのディスプレイは造花を使うことも多いんですが、〈エーグル〉ではいままでも本物にこだわっていたところもあり、私も本物の草花や野菜を装飾に使わせてもらいました。おそらく芋虫が出るウィンドウは初めてだったはず(笑)。でも、〈エーグル〉のスタッフの方々は「今日、芋虫が出たんですよー、飾ってくれた野菜も育っています!」って嬉しそうに報告してくれる。農業は楽しいだけじゃなくて、もちろん虫も出る。そこを理解して、ブランドとして土にしっかり触れながらやっているところが私は好きです。

  • ―その信頼関係があるからこその協業なんですね。

  • 小林:そうですね。都市の中で農を感じられる場所はまだまだ少ないので、ウィンドウと内装やノベルティ以外にも「アグリコ」の活動を通して〈エーグル〉の世界観や魅力をファンの方々にも感じていただけたら嬉しいです。昨年から協業企業の方々と開催している収穫体験などのイベントはいつも好評なので、今後〈エーグル〉さんともイベントなどご一緒できたら…とお話しています。

  • ―今日のシューティングを拝見していて、普段から農業に携わっているからこその説得力があるなと感じました。どのスタイルもファッションとして浮いておらず、小林さんにすんなり馴染んでいるんですよね。

  • 小林:〈エーグル〉さんの服は高い機能性で快適さが担保されたまま、自分らしくお洒落に見えます。今日着ている服はどれも街に出かける時にも農作業にも着て行けそう。

体をすっぽり包み込む新作ダウンコートは、小林さんも「どんなに寒い撮影でもこれ一着あれば大丈夫!」と太鼓判を押す。中に合わせたハーフジップのセーターのおかげで首元までポカポカ。〈エーグル〉コート ¥82,500、ニット ¥29,700、バッグ ¥11,000、ロングブーツ ¥31,900(すべてエーグル カスタマーサービス)、その他 スタイリスト私物

  • ―「アグリコ」として今後の目標を教えてください。

  • 小林:まずは農園や障がい者の方の雇用を増やすこと。また、今年中に農福連携商品やこだわりの生産物を集めた自社のECモールをはじめたいなと考えています。

  • ―農のセレクトショップというイメージでしょうか?

  • 小林:そうですね。いまも生産者さんからの販路に関する相談が多く、特に農福連携において障がい者さんがつくるものがなかなかマーケットに乗らないという問題がある。そういう意味でもマーケットを整えることや6次産業化していくことが重要だなと。

  • ―事業をやっていて、もっとも喜びを感じるのはどんな時ですか?

  • 小林:新潟の農業をやっている時は、お米を食べて「ああ、美味しい!」。これが一番の幸せです。いまは現場終わりで農園事務をしていてめっちゃ疲れている時に、スタッフが「ドラマ見ました。農園のことは任せてください」とさり気なくサポートしてくれた瞬間に「ひとりじゃないな」と思えて嬉しくなります。また、障がい者の方が笑顔で作業報告や農産物を見せてくれると、ああ、自分はこういう顔が見たくてやってるんだなと。会社っていうのはすごく素敵なもので、今日だってうちのスタッフたちが農園を整えてくれているからこそ、こんなにキレイな状態で撮影ができるんです。

  • ―今日のお話を伺っていて、小林さんはいろんな新しい「循環」の媒介役を担う方なんだなと強く感じました。「アグリコ」の中で、農業以外に新しく挑戦してみたい分野などありますか?

  • 小林:最近入った障がい者の方が農園を見た時のファーストインプレッションで絵を描いてくれたんですが、それがとっても素敵で。本気度があまりにすごいので、何かパッケージや商品のデザインとして使えるようにしたいなと。シロップをつくった時もみんなに描いてもらった絵をパッケージに採用したんですが、今後は農業を軸にしながらデザインも自分たちの循環の中で完結させることができたらと思っています。

Photo | Tohru Yuasa
Styling | Airi Fukudome
Hair & Make up | Mei Noda
Model | Ryoko Kobayashi
Text | Hiroaki Nagahata

Edit |
Ryo Muramatsu