23.12.6
1853年、フランスで生まれたエーグル。創業当時から天然ゴム製のラバーブーツをハンドメイドで作り続け、自然に寄り添いながら独自のクラフトマンシップを育み、農家の人々に愛されてきた。土に根差したさまざまな自然のフィールドでも活動をしてきたエーグルは、街と自然を繋ぐ暮らしを提案し、近年はより一層環境に配慮した製品作りを実践している。
11月半ばのMitosaya薬草園蒸留所は、木々の葉がところどころ黄色や赤に色づきはじめ、パッチワークのような秋の装いで来訪客を出迎えた。この日エーグルとフィガロジャポンによる共同企画「植物と土と蒸留をめぐるスペシャルランチ」に応募した18名が集い、おだやかな週末のひとときを楽しんだ。
入り口では、Mitosaya薬草園蒸留所代表でイラストレーターの山本祐布子さんが描いた看板が参加者をお出迎え。
前日の雨でしっとり濡れた落ち葉を踏みしめながら蒸留所にたどり着いた参加者たちは、エーグルのラバーブーツに履き替えながら、所長の江口宏志さんからこの場所の成り立ちについての説明を受けた。県営の薬草園が閉園になった場所を蒸留所として生まれ変わらせたMitosayaのストーリーに、興味深そうに耳を傾ける一同。
柔らかく丈夫で、足に負担がかからないと評判のエーグルのラバーブーツを試着。Mitosayaの看板犬ムギも参加者を歓迎。
続いて薬草園の世話を担う山本祐布子さんが園内を案内。足元にあるハーブをちぎりながら「いまは季節が移り変わる時期なので、植物の香りがとても強いんです。みなさん葉をしごいて嗅いでみてください」と説明する。ハーブエリアには、シナモンリーフで知られるニッケイの木を囲むように、オレガノやヘンルーダ、カレープラント、タイムの原種であるイブキジャコウソウなど薬効のあるハーブが元気よく育っている。さらに先へ進むと、漢方などに使われる生薬のゾーンが広がる。「ウコンは漢方でよく使われる植物ですが、うちの蒸留所では根っこの部分を使ってお酒を作っています。こうして根を掘り起こすと、土のエネルギーを感じるんです」。園内をめぐりながら実際に植物に触れ、匂いを嗅ぐことで植物への関心が高まり、和気あいあいとした雰囲気に包まれた。
植物について説明を聞きながら園内を散策。
葉を取って香りを嗅ぐと、植物の個性がダイレクトに伝わってくる。
園の中ほどのエリアでは、カボスやキンカンなど多種多様な柑橘がたわわに実をつけていた。果樹の根本にあるいくつものくぼみを指して祐布子さんが説明を続ける。「蒸留酒を作る過程では毎日大量の残滓が出ます。これをコンポストである程度まで分解し、ここに穴を掘って土に戻します」。果実からとれるお酒はほんのわずか。大量に残った滓は半年から1年かけて、微生物の力で土に戻り、果樹の栄養となるのだ。
実った柑橘類は蒸留されお酒の原料となるほか、シロップやマーマレードなどへの加工も。
ショート丈のラバーブーツは、土の上はもちろんタウンユースでも活躍。
園内の植物について、参加者も積極的に質問。
実りの秋を感じながら周りを見渡すと、椿の木には大量の蕾が膨らみ始めていた。数時間ここにいるだけで、夏から秋へ、そして冬支度を始めている自然の移り変わりを感じることができる。季節を描いた絵巻物を眺めているような体験を共有した参加者たちは、しばし非日常の時間に浸った。
園をひととおり案内された後は、再び宏志さんにガイドをバトンタッチしていよいよ蒸留所見学へ。薬草園時代に展示室として使われていた場所をリノベーションした建物の中へ入ると、人の背丈よりも大きな木桶や、100ℓサイズの小ぶりなプラスチック製の樽が並んでいる。素材も大きさも異なる容器の中で、さまざまな果実が発酵を続けていた。宏志さんがイチジクの樽の蓋をあけるとふわっと甘い香りが立ち上り、皆の顔が自然とほころぶ。「果実に含まれる糖が発酵してアルコールに分解されます。僕たちのような小規模の蒸留所では、ゴールが先にあるのではなく原料ありきなんです。その時どきで手に入った原料をいかに使うか、毎回実験を重ねています」。ナシやリンゴ、オレンジピール、キンモクセイなど香りの良い果実はもちろん、薬草園で育てているハーブやクルミなども宏志さんの手にかかると調和のとれたやさしい味のお酒に生まれ変わるから不思議だ。
醸造スペースの中央に置かれているのは、伝統的な手法により造られた吉野杉の木桶。
こちらは金木犀の花を漬け込んだ醸造樽。
発酵の次のステップは、ハイライトとなる蒸留だ。蒸留所のシンボルである銅製の蒸留機を前に宏志さんは説明を続ける。「隣の部屋にあった原液に熱を加え、発生した蒸気を冷却してお酒を抽出します」。一連の流れを聞いた参加者の中には「ふだん何気なく飲んでいたリキュールがこういう過程を経て作られるんですね」と、感心する場面も見られた。
見学を終えた後は、この日の思い出を持ち帰ってもらうため、ハーブの寄せ植え体験へ。エーグルが用意したのは、規格外となってしまったキッズ用のカラフルなミニブーツ。これを鉢代わりに土を入れ、薬草園で育ったハーブの苗を植える。「まず枯葉を敷石がわりに底に敷いてから土を入れてください。ブーツの底には穴を開けてありますが、はじめのうちは受け皿をしないほうが根腐れしませんよ」とのスタッフのアドバイスを参考にしながら、各々が思いを込めて鉢を完成させた。
この日、用意されたのはフラックスとディルの苗。
苗はブーツを鉢にした状態でしばらく育てることができる。
多彩な植物が育つ敷地の中で果実や植物から蒸留酒を作り、そこで出た残滓をまた土に戻す……すべてが循環していることを学んだ一同は、温室へと移動。ガラス張りの温室の中はポカポカと温かく、元気よく生い茂った植物を取り囲むように手作りのテーブルが準備されていた。
熱帯の植物が生い茂る温室内に用意されたテーブル。
皆がテーブルに着席するとレストラン・ドネの根本シェフが登場。千葉県外房に店舗を構えるドネは、海の目の前というロケーションとおいしい料理で人気のレストランだ。
シェフによるメニューの紹介を聞き、期待が高まる。
この日はMitosayaのドリンクに合わせたスペシャルメニューが用意された。地元の大原漁港で取れた真鯛のマリネにはMitosayaのたんぽぽワインとラベンダーのコンブチャ、名物・真蛸のグリルにはキンモクセイの香り高い桂花陳酒とジンジャーソーダなど、食とお酒のマリアージュによって幾重にも広がるプレゼンテーションに、テーブルから歓声が上がった。地産のジビエ、イノシシのパイ包み焼きに続き、デザートに供されたのはMitosayaのブランデーとハチミツを使ったマスカルポーネのムースなどの盛り合わせ。これに合わせたのが2種類のオー・ド・ヴィーだ。「マスカットベリーAと甲州の2種類のオー・ド・ヴィーを飲み比べてみてください」との宏志さんの説明とともに、参加者たちは料理に合わせてさまざまな蒸留酒の楽しみ方を体験した。
名物、大原港の真蛸のグリルに桂花陳酒をペアリング。
目にも美しい、Mitosaya流のミクソロジー。
「柔らかくてジューシー!」と歓声も上がっていたイノシシ肉のパイ包み。
目にも美しい、Mitosaya流のミクソロジー。
植物と土をテーマにしたこのイベントには、庭づくりや農園を営んでいる参加者もいて、それぞれの視点から新たな発見があったようだ。「薬草園と蒸留所でこんなに素敵なイベントができるなんて。おふたりのセンスは参考になります」と話してくれたのは、栃木でブドウ園を営む女性。ほかにも「自然のサイクルに順応した循環型の蒸留所体験ができてよかった」という声も聞かれ、自然を生かしたもの作りへの関心の高さが伺えた。
ひとつひとつの素材に向き合い蒸留を続ける宏志さんと、自然の循環を守りながら薬草園の世話をする祐布子さん。ふたりの営みはここに集った人たちの共感を呼び、土によって人と人は繋がっているのだということを、改めて教えてくれたようだった。