23.12.18
自然とともにあり、その恵をいただくわたしたちの暮らし。
それを支える「農」のいまを、山頂から森林、里山、都市、河川そして海洋まで、生活に関わる全てを「総合農学」として課題解決に挑み、環境共生を目指す東京農業大学の研究を通じてご紹介していきます。
ナビゲーターは自身も農に携わり、自然を愛するタレントの川瀬良子さん。
第3回は、東京農業大学 北海道オホーツクキャンパス 生物産業学部 海洋水産学科 西野康人教授とともに、知床半島の流氷について学んでいきます。
東京農業大学・西野康人教授 ナビゲーター・川瀬良子さん
どこまでも真っ白、波の音がない静寂に包まれた海。これが流氷!?
流れる氷、と書いて流氷。波に乗ってぷかぷかと小さな氷の塊が漂っている光景をイメージしていたのですが、実際はまるで静止画のようで驚きました。
実は、オホーツク海の流氷は、神秘的で美しいばかりでなく、周辺の生態系を陰から支える重要な存在なのだそうです。詳しいお話を、西野先生に伺いました。
__オホーツク海の流氷はどこから来ているのでしょうか?
オホーツク海北西部のシベリア沿岸から来ています。オホーツク海の流氷というのは、海水が凍って生成された「海氷」が流れてきたものです。
__海水が凍る仕組みを教えていただけますか?
海水はおよそ-1.8℃まで冷えると凍ります。「海水が凍る」というのは、海水中の水成分だけが固まった状態で、実は塩類は凍っていません。濃縮された海水が氷の中に点々と分布している状態で、時間が経つと濃縮された重い海水が氷の下から抜け落ちていくのです。なので、網走周辺の流氷は、舐めてもしょっぱくないのです。その濃縮された海水が抜け落ちた隙間に「アイスアルジー」という藻類が入り込みます。アイスアルジーのもとは、沿岸域の生態系では重要な植物プランクトンなのです。
__アイスアルジー? 詳しく教えてください。
アイスアルジーは、氷(アイス)の藻類(アルジー)という意味で、塩類が抜けてできた海氷の隙間「ブラインポケット」にくっついて繁殖した、小さな藻類の集合体のことです。
陸上では、大地が雪や氷に覆われると、植物の光合成は停止され、生物も多くが冬眠します。ですが、流氷の中では、アイスアルジーが光合成を行っているのです。アイスアルジーは氷の中で増殖し、春、暖かくなり流氷が溶けることによって海に放たれたアイスアルジーの塊は、カニなど底生生物の餌になります。
__海氷下でそのような循環が行われているんですね。オホーツク海の海産物が美味しいのもそのおかげなのですか?
はい。オホーツク海で海氷が生成され、流氷として拡がることで魚介類の生産に大きく貢献しているのは確かだと思われます。ただ「流氷がカニのエサを運んできてくれる」という認識には一部誤解があります。実際には、流氷は網走に着いたときは塩類は抜け、アイスアルジーもいないスカスカの氷ですが、流氷が岸に寄り、動きがゆるやかになり、しばらくするとアイスアルジーが増殖し始めます。なので、流氷がエサを運んでくるわけではなく、沿岸域でアイスアルジーは増えるのです。増えたアイスアルジーが春になり、海底に沈むことで、オホーツク沿岸のカニなどが餌として食べることができるようになるというのが正しいです。
__オホーツク海がゆたかな理由のひとつは、アイスアルジーが餌として海産物を育てているから。そのアイスアルジーの棲み家である流氷は、オホーツク海の生態系にとって、とても重要な存在だということがわかりました。
また、先生は、地球の気候に大きな影響を与える存在として「深層大循環」という、世界中の海洋の深層を約2000 年かけて循環する流れがあると教えてくださいました。
この循環は、北大西洋のグリーンランド沖で海氷が生成するときに生み出された低温高塩分水が海底に沈み込むことにより起こるもので、深海を循環し、やがて赤道付近で深層から表層に上昇し、熱帯域を冷やす機能があります。この循環のおかげで地球の気候が穏やかになり、人類が地球環境で生活できているそうです。海氷は、人類にとって、なくてはならない存在なのですね。
__近年、地球温暖化の影響で、北極や南極の氷が減少しているという話を耳にする機会が多くなってきました。実は、オホーツク海は、海が凍るか凍らないかの境界領域にあり、地球温暖化の影響を一番受けやすいそうです。 でも、だからこそ、例えば「北極の氷がなくなったらどういうことが起こるか」などのシミュレーションができるのだそうです。西野先生の研究について伺いました。
流氷は、常に動いているか動きうる状態にある氷なので研究がとても難しく、なかなか進まないのが現状です。実は、地球温暖化によって海氷が減少することで、どのような影響があるのか、現時点ではまだわかっていないことが多いです。そこで注目されているのがオホーツク海です。オホーツク海は、冬に海が凍り、春になると海氷が溶けていく。つまり、海氷が生成され融解していく一連の過程が毎年行われているので、海氷がもたらす影響を調べるのに適しています。また、オホーツク海とつながっている海跡湖、能取湖でも、一連の過程を調べることができます。ここでの研究成果はオホーツク海のゆたかさの源、そして地球環境の将来を予測するための基礎的なデータとなります。オホーツク海、南極海、北極海のデータを使って、今後、地球温暖化によってどういったことが起こり得るかを推測していくことが、いま我々が目指している研究です。
先生方は、最前線で流氷の研究を続けていらっしゃいます。
地球温暖化が続き、海氷が溶けて海面が上昇すると、将来的にホッキョクグマなどの動物が生活できなくなるという予測もあります。また、海面だけでなく、気温の上昇、雨量の増加、台風、熱波やエルニーニョなどの異常気象も頻度が増し、より強くなると言われています。私たちも、実感として思い当たるところがあるのではないでしょうか。
西野先生をはじめ、プロによる研究は続けられていますが、私たちも、地球温暖化のためにできることを考えたいと思います。CO₂の削減に貢献することや、環境に優しいプロダクトを選ぶことなど、小さな一歩を踏み出すことはとても大切です。
世界は海で繋がっている。海だけでなく、地球上に存在するものすべて、なんらかのつながりがあるということを改めて実感しました。私も、農にルーツを持つエーグルとともに、環境や自然について考えるツールとしてこれからも農に触れ、学んでいきたいと思います。
川瀬良子さん プロフィール
タレント、モデル。
数々のテレビ番組のレポーターを務め、現在はラジオパーソナリティとして、TFM&JFN「あぐりずむ」などで活躍中。趣味はベランダ菜園、お米と野菜づくりなど。地域復興活動として、野菜がつなげる大切な「縁」をカタチにする活動も行っている。
西野康人教授 プロフィール
東京農業大学教授 生物産業学部長
海洋水産学科 教授
三重大学大学院博士後期課程修了、博士(学術、生物資源学)。専門は生物海洋学。水圏生態系の低次生産層を機軸に、オホーツク海沿岸域における一次生産力評価を研究テーマとしている。地球環境の側面から氷海や海草藻場等に加え、海洋プラスチックの研究も行っている。