24.01.29

「農学」のススメ
VOL.4 沖縄県 宮古島と
東京農業大学による研究のこと

自然とともにあり、その恵をいただくわたしたちの暮らし。
それを支える「農」のいまを「農学」の最前線である東京農業大学の研究を通じてご紹介していきます。
ナビゲーターは自身も農に携わり、自然を愛するタレントの川瀬良子さん。
第4回は、東京農業大学 宮古亜熱帯農場にお邪魔し、宮古島独自の農業やマングローブの森の役割について学んでいきます。

ナビゲーター・川瀬良子さん 東京農業大学・菊野日出彦教授

「宮古島だからこそできる」農業のかたち

  • 沖縄県から約 300 ㎞南⻄に位置する宮古島。ここ、東京農業大学 宮古亜熱帯農場では、主に亜熱帯の特性を活かした実習や、地域資源を活かした研究を行なっています。さらに地域と連携し、その研究成果を社会に還元するなど、地域活性化のための多様な活動を行なっています。ここでは、ヤムイモとコーヒー栽培について菊野日出彦教授に、そして、マングローブの生態系について、中西康博教授にうかがいます。

  • __まずは、菊野先生が研究なさっている「ヤムイモ」について教えて下さい。

  • まず、ヤマノイモ属と言う植物があります。600種ほどあるのですが、その中の食べられる種の総称が「ヤムイモ」です。種は多いのですが食べられるものは約50種、さらによく食べられているものは10種ほどで、みなさんにも馴染みのある長芋や自然薯はヤムイモの仲間に入ります。 日本には、フィリピンや台湾から、石垣島、宮古島、沖縄本島、奄美大島、南九州まで分布し、鹿児島へと伝わり、宮崎が北限と言われています。東京農大で研究に使っている大薯(ダイジョ)は沖縄や奄美大島で伝統的に栽培されています。今、宮古島では、ヤムイモは細々と作られていて、時期になると農家市場に少し出回る、という程度です。


  • __海外では、どの国で一番食べられているのでしょうか?

  • 西アフリカのナイジェリアです。世界生産の90%はアフリカ、70%生産消費しているのがナイジェリア。そこではヤムイモは主食として食べられています。研究は西アフリカではとても重要で、私もナイジェリアの国際熱帯農業研究所というところでヤムイモ研究者として8年半仕事をしていました。東京農大も30年ほど前からヤムイモを研究していて、多くのヤムイモ遺伝資源を持っています。日本でのヤムイモ研究は、東京農大がトップです。そういうこともあって、今は宮古島に住んでいます。

沖縄の伝統野菜、ヤムイモの可能性

  • 「現状、宮古島の原料を使って宮古島での6次化や地産地消に繋がるものはないのかと考えると、なかなか島の特産品がありません。そこで、地産地消ができて主食・副菜にもなるヤムイモに可能性があると思いました。
    宮古島は夏に台風が多いのですが、サトウキビやサツマイモは台風の来る夏場でも栽培ができます。サツマイモは地面にツルが這うように育つので、台風が来ても葉に風が引っかかりません。ヤムイモはサツマイモに似た栽培法で作ることができます。また、ヤムイモ栽培では農薬の使用量がほとんどありません。農薬の使用は最初の種芋を作るときの消毒のみで栽培期間中は使用しません。これは農家にとってもメリットです。
    農家にとって新たな換金性の高い作物ができ、出口である売り先、つまり、需要が高まることが最も重要な鍵になると思います。料理にするなら、フライドヤムやアヒージョもおいしいですし、これまでの試食会ではコロッケが好評でした。現在は宮古島でのヤムイモの普及に力を入れており、宮古島市と連携して地産地消を進めようとしています。今後は、まずは市民の方にヤムイモ、ヤムイモ料理を知ってもらうためにプロモーションを行い、試食会を開催する予定です。また、給食にも出せないか検討しているところです」

国産コーヒーの栽培への挑戦

  • __コーヒー栽培と研究もされているそうですね。

  • コーヒーはある企業からの依頼がきっかけで、8年ほど前から研究が始まりました。その企業がハワイにある研究所と繋がりがあったので、ハワイ由来の苗やタネを導入して、本格的な国産のコーヒー栽培研究が始まりました。宮古島で国産コーヒーを目指している方もいるので、連携しながら研究をしています。


  • __日本でコーヒー栽培=難しいイメージがあります。宮古島に合う品種を探しているのでしょうか?

  • 品種と言うより、宮古島の気候を含む環境に合う栽培方法を研究しています。
    コーヒーは酸性の土壌を好むのですが、宮古島は掘ると石灰岩がすぐにゴロゴロと出てくるアルカリ性の土地です。なので、ここに適応する品種はどういったものなのか?アルカリ土壌でもコーヒーの木が完全に育たないわけではないんですが、まだなんとも言えない。わからないから研究をしています。

  • __先生方は「農大研究アイランドホッピング」という活動もしていらっしゃいます。
    これは、奄美大島、徳之島、沖縄本島、宮古島、多良間島、与那国島などを農大研究が島伝いに結んでいるという意味で農大研究アイランドホッピングという名前を付けたそうです。各島々と直接連携はしていないものの、東京農大の研究や研究者が各離島の農家や行政と連携を組みながら、ヤムイモを始めとした南西諸島の在来希少作物をもっと普及させようというプロジェクトなのだそうです。
    先生がたが「地域に還元する」という強い気持ちを持っていらっしゃることに、とても感銘を受けました。私たちも、地域の取り組みを知り、現地に赴き、食べて、買うことで応援できます。最後に菊野先生は、こう語ってくださいました。

  • 「宮古島にいても、前の職場のアフリカにいても思うことは、自分の仕事、つまり研究を地域に還元することが大事だと思っています。地域の人達の収入、生活が良くなる、環境に負荷をかけない、そういったことができないかと、常々考えています。それが、グローバルでありかつローカル、“グローカル”と言う言い方かもしれないですが、実際は離島の小さいところでローカルに研究をやっているけど、やっていることはグローバルみたいな。
    あと、私は良い技術を作って残せば、それは勝手に広がると思っています。“盗まれる技術”と私は言っていますが、そういった技術って、シンプルかつ安定していて使いやすい、魅力的な技術なんですね。誰にでも使いやすい技術、そしてかつ効果がある技術。そんなものをグローカルに発信出来ればと思っています」

豊かな生態系をつくる、マングローブ林

  • __日本では、沖縄県西表島、石垣島、宮古島、沖縄島、奄美大島、種子島、屋久島などでマングローブ林を見ることができます。マングローブは生物の多様性に富んだ、とてもユニークで豊かな生態系を作り出しているんです。マングローブの根元にはカニなどが生息し、それらを捕食する哺乳類や鳥類が集まる。 こうしてマングローブ特有の生態系が育まれていきます。詳しいお話しを、中西康博先生にうかがいます。

  • __中西先生の研究は、山から海、すべてが守備範囲なのだそうです。
    なぜなら、自然はすべてが繋がっているので、森林生態系の研究をするためには、1つを切り取って縦割りにして研究しても、それは十分な評価とは言えないからだそうです。例えば、森から農地にはどういう影響があって、逆に農地から森林にはどんな影響があるのか、といった相互関係についてを調べるためには、確かに、山も海も研究する必要があります。
    その中で、キーワードとなるのが「鉄」なのだそうです。森林由来の水に溶けるかたちの鉄が、海に流れていくとどうなるか、といったことなど、興味深い研究をしていらっしゃいます。

    __森で「鉄」が生まれるのですか?

  • 土を掘ったときに赤い土を見ることがあると思います。その赤い部分には鉄が含まれているのですが、この鉄は水に溶けにくい鉄です。ところが森を歩いた時にあるふわふわの腐葉土のなかには水に溶ける鉄がたくさん含まれていて、その鉄が雨水で流されて、川が海に運んでいます。さらに、マングローブ林でも水に溶ける鉄が生成されることがわかっています。

マングローブは、生命のゆりかご

  • さらに研究を続けると、マングローブ生態系にみられる、キバウミニナと言う巻貝やマングローブの葉っぱを食べるカニが、水に溶けるかたちの鉄「溶存鉄」の生成に強く関係していることがわかってきました。
    重要な最初のポイントは、マングローブの葉っぱは、お茶などにも含まれているタンニンと非常に似た物質をため込んでいるということ。その葉っぱの中のタンニンと土壌の中の鉄とが反応すると溶存鉄ができて、これが植物プランクトンに吸収されます。カニがマングローブの葉っぱを食べて、ポリフェノール(タンニン)を含んだ糞をし、それが土壌の中の不溶性鉄と接触することによって水に溶ける溶存鉄ができるというしくみがわかったのです。植物―動物―土壌という3者がいて、それらのどれが欠けてもうまくいかないのかもしれないと思っています。生きものそれぞれにいろんな役割があるんですね。

  • __なるほど。そしてマングローブ生態系で生成された鉄が海に流れるとどうなるのですか?

  • 溶存鉄が供給されて植物プランクトンが繁殖して食物連鎖が起こり、魚や甲殻類、貝などが育ち、その魚介類を私たちがムシャムシャいただくという。マングローブは「生命のゆりかご」とも言われているんですよ。面白いでしょ?わかってくると、「やっぱり自然に生かされているんだ、私たちは」と思うわけですよ。

  • __マングローブって、人間にとっても何か作用があるのですか?

  • マングローブ林の機能としては、生態系を支える栄養の供給源となっているほか、バイオフェンス機能などがあります。バイオフェンス機能とは、風波や津波などから陸域を保護するはたらきのことで、近年では2005年3月28日に発生したスマトラ沖大地震において、マングローブ群落の有無により、津波による内陸の被害が大きく異なったことが象徴的でした。



  • 森から海へ。土で繋がり、循環する恵み

  • __マングローブの森で恵みを生む鉄ができ、そして海へ。すべては繋がっているんですね。その生態系を守るため、私たちにできることは何でしょうか?

  • 今のところ、ありきたりに「森を大切に」、くらいしか言えないのですが、ただ、科学で明らかになったことをよりわかりやすく伝えていって、自然に対して人がしてはいけないことや、良いことを、しっかり自己判断できる様にするための情報をもっと広めていければなと考えています。

  • __今回、マングローブの森が多様な生物を育み、風波や津波などから陸地を守るだけではなく、豊かな恵みを生む鉄の生成に関わり、森から海へ恵みの循環があることを知りました。
    森やそこに棲む生きものたちが果たす役割について知り、その恵みを頂き共に暮らす私たちができることについて考えていきたいと思います。
    私はこれからも自然や農について学びながら、少しでもその想いが広がるサポートをすべく積極的に子供たちに伝え、次世代へとつなげていけたらいいなと願っています。

川瀬良子さん プロフィール

タレント、モデル。
数々のテレビ番組のレポーターを務め、現在はラジオパーソナリティとして、TFM&JFN「あぐりずむ」などで活躍中。趣味はベランダ菜園、お米と野菜づくりなど。地域復興活動として、野菜がつなげる大切な「縁」をカタチにする活動も行っている。

菊野日出彦教授 プロフィール

東京農業大学 国際食料情報学部 国際食農科学科 教授
宮古亜熱帯農場 副農場長
熱帯・島嶼地域における熱帯作物の生理生態をテーマに研究している。

中西康博教授 プロフィール

東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科 教授
農業環境科学研究室 所属
日本マングローブ学会会長(2022年4月-現在)
熱帯における栄養の動態と環境インパクトをテーマに研究している。