FRIENDSHIP FARM #4
HANDOVER FARM / 京都府亀岡市

1853年の創業から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けているAIGLEが「SOIL TOI(ソイル トワ)」-土とあなた- という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。
大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。

 京都駅から快速で20分、アクセスに優れた亀岡市は、観光名所ともなっている保津川が街の中心を流れる、四方を山々に囲まれた、豊かな自然が残る農村です。同時に、SDGS未来都市認定を受けている市でもあります。街全体が環境や継続する社会に対しての意識が高く、町ぐるみのワークショップも盛んな場所でもあります。
そういったこともあいまって、京野菜の約70%を生産している亀岡の農家は、その在り方も様々でとても面白い。
今回はご自宅の敷地内で、無農薬の葡萄農園を営んでいる「HANDOVER FARM」の皆さんをご紹介します。

 この葡萄園はその名の通り「HANDOVER FARM」-継承した畑- であることから、その始まりも変わっています。運営メンバーの葡萄園に対しての思いやその経歴含めて、オリジナリティに溢れていて、とてもおもしろい。(4名のメンバーは陶芸家やアーティストなどクリエイティブなお仕事をされている。)

「HANDOVER FARM」の農業への入門の仕方、関わり方はとてもレアなケースです。
自分達の住空間にあるこの美しい畑と景観を維持し、継承し、守る。そんな美意識に近い感覚から、農業にタッチしている彼らを新しいと感じます。そんな姿に農業の未来の可能性を見出すことができます。
今回は、そんな4名のこの葡萄園の思いを中心に、インタビューを敢行しました。

松井利夫先生(陶芸家・京都芸術大学教授)
京都市内にアトリエがあったのですが、そこを出ることになり、結構広いところを借りていたので、そこと同じくらい広い場所を探していました。以前から丹後地方の久美浜に共同の穴窯を持っていたことから、亀岡のいい風景のことを思い出しました。窯焚きにいく時にいつもこの辺りを通っていましたので、ここで物件を探したら、今の物件に出会えたので拠点を移しました。
お隣さんが葡萄農園ってことは知っていたのですが、あまり気にしたことはなくて。
ただ、ずっと綺麗だなと思っていました。
花の咲く頃も綺麗だし、実がなる頃も、熟して色づき始める頃はもちろん、葉っぱが枯れて空がどんどん見えてくる時も、腐葉土を撒いて地面が黒くなった時も、雪で地面が真っ白な時も綺麗。ずっと綺麗ですよ。葡萄畑をやり始めて、より感じます。
葡萄畑の下は日陰で風も通るから涼しいでしょ?
四季の美しさを間近で見られて、すごく贅沢な空間だと思っています。
だから、この風景を変えたくなくて。
誰かに引き継いでもらわないとは思っていましたが、まさか自分たちが引き継ぐ事になるとは思ってもいませんでした。

 僕の友人でスイス人の陶芸家がいるのです。この間、彼のところに行って話をしていて、普段は街で陶芸の制作をして、週のうちの半分は田舎に行って畑をやったり、何もせずにぼーっとしたりしている話をしていて。僕らみたいにモノ作りを生業にしていると、制作し続けなきゃいけないと思っていて。彼に「焦らないの?」って聞いたら、むしろ忘れていたものが畑にはあって、ぼーっとしているようでも大事な時間が流れていて、その時間の味わいを覚えると制作をする必要がないって思えるぐらい豊かな時間があるのだと話していたのです。
今ならその気持ちわかるなぁと思って。そう考えるとモノの制作って、自分の範疇で全部コントロールしていることで喜んでいるだけだから、たいしたことないと思うわけです。
葡萄をみんなで世話するってことは、畑と四季折々の自然と一緒に育てる共同のモノづくりであって、これも一つのモノづくりだと思うと、とても豊かだなと思います。
お百姓は作物を育てて生きていかないといけないから、売ってみんなの家族を養うことを考えるとこの畑だと小さい。
でも、僕たちはこれだけで生きている訳じゃなくて、それぞれ別々の仕事をやりながら生きているから、農の楽しい所だけを味わえる。両方持っている贅沢ってあるなと思っています。これをみんながやれば、放ったらかしになっている農地とか同じように活用できるのではないかと。趣味っていうより、もう一つの生き方として“街で暮らす”、”田舎で育てる”その両方の暮らしをできる世の中になるのではないかと思うのです。


黄瀬充さん(陶芸家・葡萄畑農園長)
松井先生のアシスタントをしながら、葡萄農園の管理をしています。
元々、京都の美術高校、美術大学と陶芸を勉強して、独立してからは窯を持って個展もしていたのですが、なかなかうだつが上がらない。そんな時に、松井先生のお手伝いをさせていただける事になり、亀岡に来ました。
先生はどう思っているかわかりませんが、プロのアシスタントだと自分では理解しています。土を触るのが大好きなのです。でも、いつからか自分の作品を作るのがストレスで。自分の表現ができないというか、何か作っていても作品にまとまらない感じになってしまって。誰かに”その部分”を頼りたいなと思い、先生のところに来ているのかなと今はそう感じています。

松井先生の制作をお手伝いに来るようになって、アトリエの横に葡萄畑があることは知っていました。
ある時、その葡萄をいただいて、食べたら物凄く美味しくて。そこから先代のご夫婦にお願いして、収穫作業に参加させていただいたのが始まりです。
仕事の合間にはぶどう畑に通い、先代に教えてもらいながら剪定したり、収穫したり、箱詰めしたりする中で、少しずつ学んでいったという感じです。
2年ぐらい経った時に先代の旦那様が体調を悪くされて、その年はお休みされていたのですが、葡萄はほっておいてもどんどん成長するし、8月になったら葡萄が熟して実が落ち出して。大きな愛情を注いで育てられていたのを見ていたので、「もったいないから続きをさせてください。」と申し出て、収穫をやらせてもらいました。
そこから1年後くらいに先代の旦那様が亡くなられて、奥様が農園を潰すと話していたので、それだったらやらせてくださいと言い譲り受けました。
それに、松井先生や友人たちが賛同してくれたことはとても大きかったです。

ただ、やるとは言ったものの、亀岡に来るまで農業の経験はなかったですし、先代の旦那様も無口な方だったので、お仕事でやっていたことを思い出しながら、ほとんど独学でやってきました。
先代や他の農家さんがどう思っているかはわかりませんが、葡萄の栽培は子育てをしている感覚に近いと思います。放っておいても勝手に育つけど、手をかけたらその分応えてくれる。だから、もっとちゃんとやったらなあかんって気持ちになってくる。こんなに大変でもずっとやり続けられているのは、その感覚があるからかもしれません。
ただ、農作業は大好きですが、葡萄を売ったり広めたりは苦手なので、そこは全部、松井先生やまゆちゃんに任せて、僕は子育てに専念させてもらっています(笑)。


小山真有さん(アーティスト)
今まではそんなに葡萄を食べてこなかったのですが、ここのは本当に美味しくて。気づけば育てる側になっていました。
栽培しているとどうしても実や葉を間引かないといけなくて、作業をしながらこれって何かに使えないかと思っていました。
葡萄は歴史がとても長く、昔の人がこれを捨てていたとは思えなくて、調べてみたら”Verjus”(ヴェルジュ)というものをすでに15世紀に作っていたことを知りました。これは間引いた青葡萄を絞った果汁のことで、酸味があるのでレモンのようにサラダや魚に合わせたり、デザートに使えたりとさまざまな使い方があることを知りました。さらに、間引いた若葉を塩漬けにして食べたり、枝は燻製に使ったり、それこそ木炭デッサンの原料になることも栽培するようになって知りました。元々、美大で使っていた木炭デッサンの原料がこれだったんだ!って。もちろん完熟したら葡萄ジュースやワインもありますしね。
葡萄栽培ひとつにしてもこれだけ色々活用して、それぞれの国ならではの活用の仕方がたくさんあって、日本でいうお米のような、繋がれてきた歴史に触れられるとより作物を育てることが楽しくなりますよね。

農家じゃないからこういった贅沢な葡萄との関わり方が出来るのかな。
年間通して景色を楽しんだり、色々な活用を試したり。
農家だったら出荷のためだけだったら一粒でも多く作業しないとってなるけど、ここでは“みんなと一緒に喜びを分かち合う”ことも大切にしてるのが良いところかもしれませんね。
いまだにみんなで作業しながら、蝶の幼虫や樹の上の蛙を見つけは一緒になって感動しています。この時期は、みんな集まると葡萄の話ばっかりで、「なんか農家みたいだね!」って笑い合っています。


丹下絋希さん(映像作家・葡萄農家見習い)
4回目の収穫になります。
きっかけは、亀岡市がレジのプラスチックバッグを紙袋に変えて環境都市を目指すタイミングでした。そんな中、“自然の中の小さな会議”という市民が自然環境について哲学対話をする映像を作りました。その時に亀岡市の方々と出会いました。
ここもそうだけど、アーティストの人たちが色々な生活をしながら作品を作っているという境界線がないところがとても興味深くて、こちらに通うようになりました。
自分も松井さんも大学で教鞭をとりながら、無農薬無肥料で葡萄を育てているわけですが、毎日自然を観察して、驚いて、ときめいて、その成長と共に自分たちが時間を過ごすっていうのは、芸術家の行為と変わらないのではないかって気がするわけです。
いわゆる資本主義の中でレースのように作品の値段を釣り上げていく資本主義芸術というものとは違うところの、自分たちの生活も含めた芸術行為というものを、多くの人が便利を捨ててそこに踏み出したのだと思うのです。
便利さを一つ捨てたらすごく手間暇かかることがあるから、「こんなに苦労しなきゃいけないのか」って問いが生まれるでしょ。それでも選択するのは、やっぱり便利さと引き換えにして失ってしまったものがたくさんあると感じているからなのですよね。
僕たちはどこの誰がどんな行程を経て作ったかわからないものに、お金で便利を手にしているのです。農業って本当に忙しくて、時間はいくらでもかけられるのだけど、便利さを捨てた先に自分たちが向き合うものは、”自分たちそのもの”なんじゃないかって気がするのです。

無農薬で葡萄を栽培していると、スーパーに並んでいるものと全く違うものも含めて育てているでしょ。歯抜けだったり、形が悪かったり。でも、みんながイメージする葡萄っていうものに近づける必要はないのです。形の良し悪しって誰が判断するのか。それは僕たちそのものじゃない?自分自身も綺麗、汚いって誰かに判断されたくないでしょ。
人間はやっぱり視覚にものすごく囚われるからね。見た目での判断をしてしまう。ルッキズムっていうのも、実は野菜やここにある葡萄に対してもみんな勝手な自分のイメージが持っている良い悪いに当てはめていってしまう。
生きることはそういうことではないと思う。不格好で、カッコ悪くて。でも、力強くて、ワイルドで。それはあらゆる方向で可能性を試すことだと思う。
ここの葡萄たちもあらゆる可能性を試しているわけで。だから変な方向に向かっていくやつとか、いろんなチャレンジしているやつとか色々いるのだけど、じゃあそいつらの形が悪いっていうことで判断してしまうのは、とても残念な行為なのではないかと、気がするのです。
僕たちは誰もが完璧な存在じゃないからね。不完全な自分たち自身の凸凹な感じとかヘンテコさを認めるならば、同時に食べ物や自然に対しても、それを認めないことは、おかしいと思うのです。
好き勝手に生きる彼ら、葡萄たちの生そのものを一緒にすくい上げつつ育つっていうことかな。作物と一緒に育つ感覚で普段から生きることが重要な気がします。
悩んでクヨクヨする葡萄だっていると思うし、生きたいようにワイルドに生きる葡萄もいる。動物や作物を含めた多様な世界を選択すると、おそらく自分の中のモヤモヤとか冒険心を否定されずに済む気がするのです。

4名それぞれに共通しているのが、農業するぞ!大変だけど、がんばるぞ!などという気負いはなく、葡萄農園だけではなく、生きることすべてを楽しんでいる。
そして、4名の素人だった人が、それぞれに補い合いながら、自分に備わっていた作家の表現の哲学として、葡萄園と向き合っているように感じました。
農家という職業を選ぶのって気合いとか、覚悟がいることだと思っていたけれど、彼らと話すうちに、誰でも気づいたら農家になれるのだと、そう思えたことが、未来への希望でした(笑)。

ここの葡萄は本当においしいです。この記事がアップされるころ、葡萄の販売がスタートしていますので、是非お試しいただきたい!と思うのです。


写真・取材記事 : SHOGO

モデル業の傍ら自身でも農地を借り、時間が許す限り作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
IG https://www.instagram.com/shogo_velbed/ 

HANDOVER FARM

葡萄樹の美しさに心打たれた家族が四半世紀にわたり育ててきた美しい農園を2019年に引き継ぎ「HANDOVER FARM」-引き継ぐ農園-と名付け、元園主の思いを引き継ぎ、美味しい葡萄だけでなく美しい風土作りを目指す農園。
自然栽培/無農薬・無肥料 ジベレリン(ホルモン剤) 不使用/無消毒 栽培のポリシー 土を育てることを第一とし、土の健康を考え、除草剤は使用せず、土壌微生物や菌類を育て、完全無農薬、無肥料の自然栽培で葡萄を育てています。
農園のポリシー 生態系を守り、葡萄づくりを通して持続可能な循環型社会の創造に寄与しています。
IG www.instagram.com/handover_farm/

黄瀬充さん(きせみつる)

1968年京都に生まれる。京都市立銅駝美術工芸高校卒業。京都芸術短期大学陶芸、専攻科修了。同短期大学で副手として2年。京都で独立開窯。現在亀岡で葡萄畑農園長。松井利夫氏アトリエで工場長。

松井利夫さん(まついとしお)

1955年生まれ。陶芸家。京都芸術大学教授、滋賀県立陶芸の森館長。ファエンツァ国際陶芸コンクールグランプリ、京都美術文化賞など受賞。IAC国際陶芸学会理事。「かめおか霧の芸術祭」総合プロデューサー。

小山真有さん(こやままゆ)

1983年生まれ。2010年よりアートユニット〈ツーボトル〉、2013年より〈サイネンショー〉として活動。2019年より葡萄畑を仲間と引き継ぎ、農家としても活動中。

丹下絋希さん(たんげこうき)

映像作家/人間見習い/京都芸術大学通信教育部映像コース教授
かつては音楽映像業界にいたが、原発事故を経て、広告の罪深さに悶絶する。差別などの理不尽、自然の破壊や暴力、戦争のない、ちょうどいい人間を目指す。