1800年代から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けている「AIGLE」が”SOIL=TOI”(土とあなた)という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。
出雲大社からほど近い島根県出雲市斐川町で福島克博さん、沙織さんご夫婦が運営している「SPIRA FARM」。化学合成肥料・化学合成農薬に頼らない、”安心・安全で家族に食べさせたいもの“をコンセプトにした種類豊富な野菜が山陰のこだわり飲食店を中心に個人にまでその人気は広がっている。かつては東京で全く別のお仕事をされていた、いわゆるUIターン組のおふたりが農家へと転身した経緯と、今大人気の野菜たちへのこだわりについて、その畑とご自宅(の一家団欒での夕飯)にお邪魔し、ざっくばらんな話をたくさん聞かせてもらいました。
東京でご活躍されていたと思うのですが、どういった経緯で農家になられたんですか?
克博さん) 僕はここ斐川町出身なんですけど、父が家庭菜園が趣味で、小さな頃から週末は畑の手伝いや庭園の手入れの手伝いをしていたこともあり、植物を栽培することの楽しさや面白さはずっとありましたね。それもあって、大学進学の時に、筑波大学の農学部を選びました。ただ、その時は農家になろうとは微塵も思っていなくて、それに関わるような仕事ができたらいいなと何となく思っているくらいでしたね。ちょうどその時に、同じ農学部だった妻(沙織さん)と出会いました。その後は、東京の一般企業で主に営業の職につきましたが、なんというか本当に自分の性格に合わなかったというか、しんどかったですね。(苦笑)
2社ほど会社を変えた後にビジネスコンサル会社にさらに転職し、スーパーの生鮮野菜コーナーを担当することになって、そこで日本全国の農家さんの実状に触れていくことになるですが、いろいろ思うところはありましたが生産者というお仕事に対しては、敬意というか、素敵だなっていう気持ちは持てました。ただそれと同時に、自分の仕事に対しては、やはりストレスというか、やりがいみたいなものは見いだせない状態が続いてましたね。また早朝に出勤して、夜遅く帰ってきてという生活だったので、当時2歳の子どもが起きているタイミングでは、ほとんど会えなくて。お父さんって何の仕事をしてるんだろう?というか、そもそも週末にいるおじさん?みたいなことになっていくのも怖かったな、、 その時は千葉の都市部に住んでいたんですが、田舎で生まれ育った自分としては、このままこの都会で子育てをしていくイメージもほんとに湧かなかったんですよ。
だから、仕事と都会での生活の両方が、当時の僕には精神的に本当にきつかったし、身体もついてこなくなるというか、シンプルに病んでましたね。(笑)
そんな暗闇みたいな状態の僕が農家へと転身する大きなきっかけというか、原動力になったのが、すごく尊敬する大学の先輩が農家へ転職したことですね。タイミング的にも、もう気持ち的に限界ってくらい追い詰められていた僕をその先輩が千葉の自宅に呼んでくれて、農業とは無縁だった先輩が本当に楽しそうに畑仕事をされていて、輝いてみえたし、何より農家って、農業って別に今からでも、誰でも始められるんだ、っていう衝撃を受けたのを覚えています。本当に勇気をもらったし、希望って言っていいくらいのものだったと思います、当時の僕には。(笑)
それで、すぐに自分の生まれ育った出雲市に帰って、農家に就農して、田舎で子育てをしたいと妻に相談し、彼女もすぐに理解し、賛成してくれて、そのまま会社を辞めて、千葉の農家さんで1年半研修をした後、家族みんなでこの出雲の実家に移住して、そして就農しました。っていうのが、僕目線での話なんで、妻はどう感じてたかは、あれなんですが。。(笑)
ということですが、奥さま目線のストーリーも聞かせてもらえますか?
沙織さん) まあ、大枠そんな流れであってます。(笑)
結婚するときに、彼(克博さん)が長男で島根出身だっていうのは知ってましたので、私は最後にそちらのお墓に入るんだろうなと思っていました。それに、老後は彼の実家に住むことは想定にあったので、それが30年くらい早まったかなってくらいの感覚でした。(笑)
農家への転職と島根への移住のことを夫から相談された時は、もちろん色々と考えましたが、今のこの瞬間に家族が幸せで笑顔でいれることが一番大切だし、それが自分の人生にとって最優先事項なんで、夫や家族のためっていう気持ちより、最終的には私自身が島根で農家をスタートすることにわくわくというか、ポジティブに受け入れてましたね。 その当時、私は農林水産省に勤めていたので、夫の実家の両親含めて、ほぼ全員から農家への転職については反対されましたけどね。(笑)今の安定を捨ててまでやることなの?しかも素人が農家って、仕事として食っていけるわけない!っていう、ごもっともなというか、心配してくれるがゆえの反対というか、近親者になればなるほどそれが強かったのを覚えてます。
え!農林水産省に務めてたんですか?安定の国家公務員じゃないですか!
沙織さん) 大学に進学して、良いところに就職して、お金をしっかり稼いで、都会で暮らすというのが幸せの形だと思っていましたし、無意識的に刷り込まれてたような気もします。
でも今は、以前の都会での生活に戻りたいとは思わないですね。自分たちの責任で全ての物事が決裁できるから、緊張感もありますが、その分やりがいも感じています。自分たちが良いと思うもの、やりたいと思うことがそのまま純度100%で実行できるって、気持ちがいいなって思います。自分のことを安定思考だと思っていたんですが、今は将来の不安とか、あまり先のことは考えてないです。逆に都会に住んでいた時の方が将来に不安を感じて、余計に心配していたなと。ライフプランを立てたり、貯蓄云々とか、保険をどうするとか。(笑)今は、良くも悪くも”今”が充実していればいいと思って生きてます。
農家になって、すべてが初めてで毎日毎日が大忙しってこともありますが、野菜は生き物なので、毎年天候など自然ありきで大きく左右される事業を人間というか経営のものさしで計画したいくないというか。“今”を、一日一日自分が後悔しないように楽しむ、その積み重ねでいいと思っています。本当に全くストレスはないですし、今の方がずっと幸せです。
SPIRA FARMのことお聞きしたいです。現在、どれくらいの収量を栽培、出荷されているんですか?
克博さん)
農業って、どこの地域も推奨している特産品ってあって、この辺りだと新規就農したいですって役所に話に行くとデラウエアとかアスパラとかを推奨されて、まず数百万借金し、ハウスを立てて、まずアスパラやりましょう、売り先は農協さんがありますよ、こういうふうにやればこのぐらい収量と収入の目途が立ちますよ。って事業経営という意味で、的確なアドバイスをもらえます。でも、自分はそれだと結局、都会でやってきた仕事のループというか、循環と変わらないというか、そんな気持ちになってしまって。それで、いろいろ考えて、最終的に化学合成肥料・化学合成農薬に頼らずに野菜を育ててみようと決めました。利益とか安定とかを軸に農業をやりたくなかったんですよ、人が食べるものを生産し販売するのであれば、最低でも”自分自身の家族に毎日でも食べさせられる野菜“じゃないと嘘というか、納得できないというか、嫌だったんです。
さらに、僕たちの場合は、いくつかの作物に絞って、効率的な収量をあげるのはなく、少量多品目でいろんな野菜を育てて出荷しています。一つのものをずっと作り続けるのは、自分たちの性格的に絶対飽きると思ったし、自分の子供たちにもいろんな野菜を食べさせたいじゃないですか。今は、年間通じて130~150種類くらいの野菜を季節に応じて栽培し、レストランなどの飲食店や個人契約のご家庭に出荷しています。少量多品目だと最近の不安定な気候でも、一つの野菜がダメでもそれ以外の野菜で収穫量が補填できるので、リスクヘッジにもなっています。
克博さん)
SPIRA FARMのチームとしては、僕が「作る人」、妻が「伝える、届ける人」という役割にきれいに分担してやってますね。妻は僕と違ってコミュニケーション能力が高いので、自分は畑に出て野菜を作ることに集中させてもらってますね。出荷に関して、パートさんとの梱包作業とそのシフト等の管理、そして、出荷先の飲食店や個人宅配のお客さんとのオーダーなどのコミュニケーション。あ、あとSPIRA FARMのサイトやSNSの更新などは、すべて妻に任せています、そこはもう本当に助かっています。ここ僕の地元なのに、もう妻の方が知り合い多いですもん。(笑)
そういえば「SPIRA FARM」という名前ってどういう意味があるんですか?
沙織さん)
SPIRAはギリシャ語なんですが、英語でSPIRAL。「螺旋」って意味です。農業は季節とともにあって春夏秋冬、そしてまた春夏秋冬、と繰り返していく“円”というか循環なんですけど、その“円”がちょっとだけでも高くなると、それは“螺旋”となって立体を描く。それは、人との出会いだったり、自己の研鑽だったりで、その螺旋が少しづつ積み重なって、どんどん高くなっていけたらいいなって。そんな願いというか理想を込めています。
農家をやっていて、どんな時が楽しいと感じるか教えていただけますか?
沙織さん) 私たちのこだわりとしては、色々なお野菜を新鮮にお届けできるというところを意識しています。やっぱり野菜のおいしさは鮮度で左右する部分が大きいので、松江市や出雲市など鮮度よくお届けできる距離の方がメインのお取引様です。飲食店の方々には今日採ったものを当日のディナーに出せるように配達しています。個人の方々とはインスタグラムを介して知り合う方が多く、ダイレクトメッセージで、「あの野菜をこんな料理にして食べたよ」とか、「子どもがお代わりしてくれた」とか、単純かもしれませんが農家としてはその“美味しかった”が一番嬉しいです。手書きのレターを入れて出荷をすると、お客さんもリアクションをくださったり、次に野菜セットを頼んでくれた時に、「この方は前回トマト美味しかったって言ってくれたから今回もトマト入れよう」とか、そういった感じでカスタマイズしたりして、お客さん一人一人オーダーメイドの野菜セットのような形でキャッチボールできる事が本当に楽しいです。消費者と生産者って関係性というよりは、お互いに敬意をもった関係値を構築できていると思います、お互いにいつもありがとう!みたいな、そんな普通で、当たり前な感じのものですが。
克博さん)
僕は、その日に予定してた畑の作業をやり切った時ですかね。中々やり切れることってないんです。1年で10日ぐらいしかないんじゃないかな。大半は、「あ~もうこれ出来なかった、明日に回さなきゃいけない」って思いながら切り上げてる感じなので、「今日やらなきゃいけないこと全部コンプリートしてやったぜ。」って日は、とても嬉しくてテンション上がります。まぁでも、やり切れなくてもストレスはないですけどね。例えやれなかった要因が天候だったとしても、天候を読めなかった自分のせいだから自分の中で完結できるというか。都心で働いていた頃の対人で感じてきたストレスは、畑には全くないですね。
この先の農家としての目標やビジョンとかあったらお聞かせください。
克博さん)
この先ですか?人を含めた今の事業規模(農地や収量含めた売上高)を大きくし過ぎると、うまく回っていかないイメージはあって、その時、その時で売上げの上限は自分たちで定めようと思っています。農家として、売上という意味での利益を追求していないというか。
沙織さん)
きっと、売上げが今の自分たちの枠みたいなものを超えそうになったら、どこかに歪みが出ていると思います。子供たちとの時間が減っていたり、自分で読書をする時間がなくなっているとか。。。その大切な時間を犠牲にしてしまうような生活を目指してはいないですね。
克博さん)
“自分と家族の健康とか笑顔とか“それが真ん中にあるスパイラル(循環)でありたいし、そのスパイラル(円)の心地いい大きさは自分で決めたい。東京で雇用者として勤務していた時は、見えない経済というか、利益循環の大きな渦の中にいて、自分が望む、望まないに関わらず、その中でうまく泳げるように成長するしかなかったけど、今はもうそういったものを自分の成長だと思えなくなったというか。
まずは家族とか、今のお客様(自分のつくった野菜を楽しみにしてくれている方々)の笑顔を大切にしてきたいですね、それを毎年継続していくことで、その円(循環)って強くて、切れないものになっていくと思うし、そのほうが大事かなって。「SPIRA FARM」なんで、その小さくても強い循環をたくさん積み上げて、螺旋になっていく感じが理想です。その土台になっている、一番下の一番小さくて、一番強いスパイラル(循環)が家族です!笑
なんで、そこが壊れるような規模には絶対しない、ってことかな。
今回の取材は、ご主人であり、農作業担当である克博さんに畑をご案内頂きながら、お話を伺い、その後にご自宅で一家団欒の夕飯にお邪魔し、収穫されたばかりのお野菜をいただきながら、広報&営業全般担当の沙織さんと、実はお子さんからもそれぞれの角度でいろんなお話をたくさん伺いました。ここでは書ききれない素敵なお話もたくさんありましたし、シンプルに焼いただけの茄子の美味しかったことや、親子の会話も記事におこそうかと思ったのですが、なにしろライターではない自分ですので、要点がとっちらかりそうで。。。
今回の取材を終えて、自分の納得のいく野菜をつくることだけに愚直な努力を続ける克博さんと、その思いと共にその野菜を販売し、広め、そして切り盛りする沙織さん、この夫妻が作り出す心地よい循環が“SPIRA FARM”の野菜をつくりあげていて、その円にいるお客さまを笑顔にしているんだな、と、その人気の理由が分かりました。
SPIRA FARM
HP https://spirafarm.stores.jp/
IG www.instagram.com/spira_farm/
福島克博
島根県出雲市に生まれ、関東の大学に進学。就職・転職を繰り返し、3社目の時に就農を決意。千葉の農家で2年の修行を経て、2020年に地元にUターンし、農業を開始。
福島沙織
秋田県秋田市生まれ。関東の大学を卒業後、農林水産省で勤務。「地元に戻って農業をしたい」という夫の希望を発端に一念発起し、農家として人生の幸福を追求していくことを決意。3児の母。
写真・取材記事 : SHOGO
モデル業の傍ら、自身でも農地を借り、時間が許す限り、 作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
IG https://www.instagram.com/shogo_velbed/